流されるも(4)
フィットスキンで潜るとそこは非常に豊かな海。大小の魚が泳ぎ回り、それをコリトネルが追っては捕食する。動物としては一見異様に思える彼らの扁平な身体は海中で縦横無尽に泳ぐのには適しているようだ。
「あまり無理しないんですよ?」
「しないからぁ」
一緒のペースで泳ごうとして置いてけぼりにされるクーファ。
ルオーも彼女もバラストベルトを着けているので潜れる。でなければ、中に空気の充満したヘルメットとフィットスキンで潜れはしない。もしものときはベルトを捨てれば浮上する。
「こうするといいんです」
「わぁ!」
海底まで自然に沈み、層になっているサンゴのような生物の隙間を手で払う。そうすると隠れていた魚が一斉に逃げ出し、それをコリトネルが咥えて持ち去る。しばらく彼らの狩りを手伝って遊んだ。
「お礼くれるってぇ」
「あとでいただきましょうか」
魚を差し出されて受け取る猫耳娘。
海中では電波が届かないのでレーザー通信で会話している。なので向き合っていないと回線が通じない。大きな魚を手にした彼女は目を丸くして喜んでいた。
「素敵な海ですね」
「楽しそう」
機敏に舞い踊るコリトネルを眺める。
これだけ魚が多いということは餌となるプランクトンなども多いのだろう。陸地がないとミネラル分やアミノ酸の流出がないので滋養の低い海になりがちだが、ニコルララはそんなことはないようだ。学者でもないルオーには理由がわからない。
「こんな海を人の手で汚してはいけませんね。ましてや乱獲など」
「懲らしめて、ルオ」
「ええ、仕事ですし」
そんな答えしかできない。しかし、彼は今回の依頼を受けたのは正解だと思えた。この海を守るのはやりたいことの一つになる。
「さあ、もっと遊びましょうか」
「遊ぶぅ」
無垢の海をコリトネルと戯れて堪能した二人だった。
◇ ◇ ◇
「リーダー?」
そんな提案を受けてモッサは戸惑う。
星間平和維持軍から傭兵協会への依頼である。通常は前者が主で後者が従になる。特にリーダーなど決める必要はなく、いつもは銘々が指示された任務を負うスタイルでやってきた。
「たまに仲介役みたいなポジションを置くことあるでしょ? それの延長みたいなもの」
ピレニーに説明される。
「必要か?」
「だって今回色々大変みたいだから、ちゃんと回すならモッサに権限を与えて全体をコントロールしてもらわないといけないかと思って」
「みんな、そういうのは嫌いだと思ってたが」
自由人が多い傭兵であるのだから。
「右往左往してるモッサが気の毒で三人で話し合っただけ。嫌ならいいんだけど」
「うーん」
「それに、ろくに機能しないんじゃ民間軍事会社の二人に食われちゃう。傭兵協会の評判にも関わってきそうだし」
そう言われては乗らないわけにはいかない。彼が一番気になっていた点でもあるから。
「だったら、君たちの要望に応えたら自重してくれるんだね?」
三人からの申し出である。
「もちろん」
「わかった。引き受けるよ」
「決まり。じゃ、パットにアタックする順番を決めてよ」
「ぼくがか?」
とんでもない責任を負わされたと思う。それでも、野放図に恋のから騒ぎをするよりはマシなのかもしれない。
「考えさせてくれないか?」
即答できない。
「できるだけ早くね。みんなの不満が爆発する前に」
「……わかった」
「わかってないんじゃない?」
ぽそりと付け加えてくる。
「なにか?」
「ううん、なんでも」
「苦手なんだが頑張ってみる。今夜にでも三人それぞれに意見をもらってもいいかい?」
ピレニーの快諾を得て別れる。少し考えをまとめる必要がありそうだ。ただし、今は雲を掴むような状態である。
(どうしたものか)
迷いの中に沈む。
無意識に歩いていると砂浜に出た。そこにはルオーとクーファの姿がある。金髪の青年は見た目によらず理路整然としたところがあった。恋愛方面はどうなのかわからないが相談してみるのも一興かと思う。
「ルオー君」
「おや、モッサさん」
波に洗われる場所に座っていた二人の周りには現住生物の姿があった。彼を見て一斉に逃げ出すがルオーは気を悪くした感じはない。接触を禁じられているわけではないのでモッサも咎めはしない。
「ちょっとした話なんだが聞いてくれないか?」
「いいですよ」
経緯を説明する。上手くいけば彼からパトリックにも話が通じるかもしれない。任務とは関係ないこの乱痴気騒ぎを収められるのなら頼るのもいいだろう。
「なるほど。あなたは現状に困っている。彼女たちも、あまりあなたを困らせるのは本意ではない。なので、折衷案としてリーダーとして振る舞うことを要求された。そうですね?」
綺麗にまとめてくる。
「概ねそう受け取っているが」
「望まれたのならば期待に答えるのが筋だと思います。パットの制御が効かない以上、皆さんに自覚を求めるしかありませんからね」
「やはり、そうだよな」
話が整理されただけで特に進展があったわけではない。
「ですが、一つだけ聞いてもらってもいいです?」
「なんだい?」
「ちょっとした身の上話ですよ」
ルオーからの妙な提案にモッサは戸惑った。
次回『流されるも(5)』 「私は彼ほど唯我独尊にはなれないよ」