流されるも(2)
いつの間にか増えていたコリトネルの群れには小さな個体も混じっている。クーファの両手の上に乗るくらいの個体は子どもだろうか。指で撫でると「ピーピー」と小さく鳴いた。
「確かに変わってる。これほど海洋生活に適する進化をしているのに肺呼吸である必要はあるのかな?」
ルオーは大きな疑問を抱く。
「水の上でも元気ぃ」
「だよね」
『単純に効率の問題っていわれてる。肺呼吸のほうが確実に大量の酸素を取り込めるからー。活動的な捕食行動を求めたから自然に大気を呼吸するほうを選択したんじゃないかって論文にあるー』
推論としては当然のものだった。海水中の酸素は水面付近が一番多い。光合成をする珪藻類も浅海に広く分布している。つまり、酸素が多いのは海底まで光の届く範囲しかない。
これほど海洋面積の占める範囲が大きい惑星となると海が浅い部分は限られた範囲であろう。そんな環境で酸素を十分に確保しようとすれば大気から得るに限る。肺にしっかり空気を溜めて中層から海底までを泳ぎ餌を取る。生態としては効率的だ。
「形態はともかく、生態としては正解の選択肢なんだね」
理解した。
『他の形態の海洋性恒温動物もいるみたいだけど、代表格なのがコリトネルだってー』
「うん。これほど人懐っこい温和な性格だと売り物にしやすいってものわかるな」
「つれてってもいいのぉ?」
クーファは抱き上げて頬ずりしている。
「駄目だね。この子たちはここで暮らすのに適した形になってるから、そっとしておいてあげよう。ここにいる間は一緒に遊んでくれると思うよ」
「幸せなのがいいもんねぇ」
「ああ、彼らも楽しんでくれてるみたいだし」
「キスしてるぅ」
大きな個体が子どもを抱え込んでキスしている。そのまま泳ぎ回っていた。
『あれは餌をあげてるのー。親が食べて半分消化した吸収しやすい食べ物を口移しで与えるんだってー』
哺乳する代わりに哺育する方法がそれらしい。
「まだ内臓が未発達の子どもにはいいだろうね。お母さんがよく噛んであげてるようなもんだよ」
「愛情だぁ。お母さんももっと食べたいのにねぇ」
「そうだね。ああやって子どもを慈しんで育ててるんだ」
人類とはあまりに形態が違うのに、その光景は美しいと思えた。動物の持つ愛情には垣根がないと感じられる。
「えーとねぇ、君はコリ君にしようかなぁ」
「これ全員に名前を付けるの?」
「駄目ぇ?」
周りには早三十匹以上の個体がいる。
全部憶えさせられそうな気がしてルオーは背中の汗が止まらなかった。
◇ ◇ ◇
戦況報告が行われると通達があり、パイロットがベースキャンプの会議室に集められる。GPF隊長のシュスト・デュファレンサが自ら報告するようだ。
(ということは、他の班でも動きがあったのか)
モッサは事情を察する。
前回の摘発からすでに四日。第四班の戦闘が皮切りだったのも知らされている。捕縛者からの情報、他班の戦闘状況などから密猟者の動きが判明してもいい頃だ。
「先日の戦闘以降、第二および第三班も密猟者グループとの戦闘があった」
そう切り出す。
「第二班は半ば遭遇戦であったが両方とも勝利している。容疑者たちもこれまでの海中ゲリラ戦が通用しないとわかって鳴りをひそめている」
「やはり、海上・海中両面からの攻撃が功を奏したんですね?」
「成功したと司令部は考えている」
一両日は戦闘が行われていないという。
「おそらく、グループは撤収を目論んでいると思われる。我ら、四班と第二第三の班との戦闘場所からみて本拠地の絞り込みも進み、阻止作戦が立案された。これは全班が参加しての作戦になる。備えていてほしい。こちらからは以上だ。質問は?」
「グループの規模は判明していないんですか?」
「確保した容疑者からの聴取でおぼろげながらというところだ。どうやら、固有生物の捕獲にも水流ジェット推進型アームドスキンを用いていたらしく、まだ相当数が残っていると予測している。搬出用の輸送船もまだ海中にひそんでいると考えていてくれ」
発覚し捜索の網を縮められている所為で、最後のひと稼ぎとこれまで捕獲した固有生物を持ち逃げする形での逃走を企んでいるというのだ。星間平和維持軍はこれを阻止し、捕獲された生物の解放までを作戦目標にする。
「輸送船は何隻いそうです?」
ルオーが手を挙げる。
「二隻との話だ」
「軌道部隊の存在も予測されていると思われます。たぶん、宇宙に上がってから五万kmの惑星影響範囲など無視した時空界面突入も視野に入っているでしょう。ニコルララの保全を考えるならば、必ず大気圏内での逃走阻止を行わないといけないのでは?」
「司令部の認識もそうだ。なので阻止作戦に全班の投入を指示した」
惑星近傍で超光速航法に入るべく時空界面突入などすれば大変なことになる。時空界面の動揺で重力バランスが狂い、地上では天変地異とも思える災害が起こる。そうなれば固有種の生活環境に問題が発生するのは想像に難くない。
(つまり、地上の阻止作戦を失敗すると固有種の絶滅も最悪あり得るということか。これは責任重大だな)
モッサは作戦の重要性を再認識した。
次回『流されるも(3)』 「あっちはもう固まってるんだもん」