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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
情に棹させば流される
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流されるも(1)

 ピレニー・シュレンは朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。極めて清浄なのだが咳き込むような冷たさがない。陸地の少なさがそんな空気を作っている。


「あー、酔いが綺麗に覚めるー」

 深呼吸のたびに身体が目覚めていく感覚。

「セーブはしたけど結構飲んだものね」

「セーブしてた? フィーにしては珍しくご機嫌だったけど」

「だって、あんな見事な勝ち方するなんて、なかなかないじゃない」


 フィルフィーはあまり羽目を外すタイプではないのに、昨夜の祝勝会では杯が進んでいた。それくらい心地よい勝利だったのだろう。

 厳しい任務も少なくない傭兵(ソルジャーズ)なので、劣勢を粘り強く勝ち抜くこともざら。ただし、昨日ほどの数の差を楽勝に持ち込めるような戦闘は少ない。


「口が上手いだけのただのナンパ男じゃなかったんだ、彼」

 レモンイエローの機体は戦場で華麗に踊っていた。

「見直しちゃった。夕べ誘われてたらついていったかも」

「みんなで持ち上げたら気分良くしちゃって最後は潰れちゃったもんね」

「惜しかった」

 第三の声に驚く。

「ああ、タム。おはよう」

「おはよ」

「タムまで惚れ直したの?」


 マイペースでほぼ男遊びをしないタムにしては珍しくしっかりと頷く。まるでシネマヒーローの登場に心ときめかせる女子みたいな反応だった。


「パット、格好いいもん」

 少し頬を赤らめる。

「じゃ、恨みっこなしで勝負ね。誰が一番に彼を落とすか」

「んー、あたしは降りよっかな」

「本気、フィー?」

 前言をひるがえす。

「ちょっと別の気持ちがあってね。あれだけ必死に庇ってくれるモッサの姿もちらつくの」

「あ、わかる。悪くなかった。なんていうかー、恋をするならパットで、結婚まで考えるならモッサって感じなのよね」

「贅沢。でも、ほんと」


 三人の意見は同じなようだ。パトリックとはたまたますれ違っているだけ。生きている世界が違うとまではいわないが少しズレている気がする。付き合って長続きする関係ではない。


「難しいとこなのよね。パットみたいな男を落とせたら女として格が上がった感じもするし」

 感覚的な話でしかないが。

「うん、そう。でも、幸せを願うなら、ここでモッサを狙うのが正しい気がする」

「どっちつかずで気を惹くってのもありかもしんない」

「駆け引き上手」

 タムに脇を突つかれる。

「せっかくなんだから楽しまなきゃ損」

「わたしにはまだ無理かも」

「タムはお子ちゃまだもんね」

 からかうと頬をふくらませる。


 がっつきすぎなルガーの名前は俎上には上がらない。あのタイプはどうにも女を冷めさせるのである。押しが強くとも、視線が定まらないでは魅力に感じない。


「GPF組はちょっと格違いな気がするし」

 数に入らない。

「眠そう君は?」

「あれかー。あれはあれだもん」

「可哀想」


 しれっと除外されるルオーを惨めとは思わないピレニーだった。


   ◇      ◇      ◇


 今朝は姿が見えないので砂浜を探していたら、クーファはすでに水着で30cmほどの浅瀬に座り込んでバシャバシャと遊んでいる。ルオーが黙って近づいていくと彼女一人ではなかった。


「この子たちは?」

 静かに尋ねる。

「新しいお友達ぃ」

「そうなんだ」

「うん」

 猫耳娘は元気よく返事する。


 彼女の周囲には淡黄色で楕円形の円盤が舞っていた。体長は1mほど。彼が近づくと一度遠巻きになったが、すぐに戻ってくる。足に触れるとつるりとした感触が伝わってきた。


(もしかして、これが)

 件の特殊な進化系にある生物なのだと気づいた。


 ルオーも習って座るとふわふわと泳いで近づいてくる。楕円形の一端には、円らな瞳と上向きの口、短めの口ヒゲを持つ可愛らしい顔がある。水面から顔を上げると「プー」と鼻笛のように鳴いた。


「名前はなんだっけ、ティムニ」

 呼ぶと3Dアバターが現れる。

『コリトネルって名付けられてるー。海洋性恒温動物』

「へぇ、動物なんだ」

『体構造は哺乳類に近いけど卵胎生。哺乳器官も持たないみたいー』


 嫌がらないので触れてみると、不思議な体構造をしている。身体を取り巻いているヒレのようなものには、中に無数の軟骨が通っている。それを波打たせて泳いでいた。頭の反対、尻尾側には小さな別個のヒレまで付いている。


「これは舵の役目をするのかな」

 触るとピタピタと水面を叩いて身体をくねらせる。

『そうみたい。遊泳は主に体側(たいそく)鰭膜(ひれまく)を使うって。それとは別にー』

「おや?」

『それが付いてる』


 一匹が腕に絡みついてくる。しっかりと掴まれている感触があった。覗き込むと、扁平な身体上面と違って、下面には排泄口らしきものの少し前から触手が伸びている。それを器用に使って這い上がってきた。


「人懐っこいね」

 登ってきた個体の頭を撫でると目を細めて「プー」と鳴く。

『触腕の用途は色々。生まれたばかりのまだ泳げない子どもを抱えたり、オスが交尾のときにメスを捕まえたりするのに使われるってー。だから、触腕の長いのがオスらしいー』

「見た目でパッとわかるほどの差はないね。慣れないと無理そうだ」

「いっぱいきたぁ」


 ルオーとクーファはいつの間にか取り巻かれていた。

次回『流されるも(2)』 「つれてってもいいのぉ?」

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