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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
情に棹させば流される
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想いは巡り(4)

 スリープしていた海上ドローンは母艦からの信号で再起動する。軽やかな電子音を奏でるとわずかに振動する。ただし、波打ち際では航行を再開できないので少し深いところまで押してやらないといけなかった。


「乗せてぇ」

 ゆっくりと動き始めたドローンにクーファがのし掛かる。

「駄目ですよ、クゥ。彼はこれからお仕事に行かなくてはなりません」

「遊んでくれなぃ?」

「またの機会にしましょうね」

 猫耳少女を宥めて見送る。

「じゃあ、オスルが代わりに乗せてぇ」

「人ひとり乗せて泳げるか。ルオーに頼め」

「ルオは頼りないもん」


 体格の良くない青年では無理だと判断したらしい。鍛えているGPF隊員にはすげなく断られてしまった。


(彼女にはこれまでの流れなんか関係ないのか? 勝手ばかり言っているようでは付き合うのは大変だと思うが)

 モッサはまだクーファが役に立っているところを見たことがない。


「泳ぐぅ」

 ルオーに手を引かれてバシャバシャと水飛沫を上げている。

「朝食を食べたばかりなんですから、あんまり動くとお腹痛くなっちゃいますよ?」

「もうないもん」

「凄まじい消化能力ですね」


 波打ち際まで到着すると青年に立たせてくれるようせがんでいる。ルオーは抱き上げて砂浜まで歩いていった。


(これでは手間が掛かるだけじゃないか)


 傍目には子どもの世話をしているとしか見えない。オスルも同感なのか、頭を掻きながら眺めていた。


「どういうつもりなんだ?」

「クゥのことですか?」


 砂浜に戻ってルオーが胡座をかくとクーファは膝で丸まってくつろいでいた。そのまま寝息に変わる。


「この娘はたぶん寂しいを知らないんですよ」

 頭を撫でながら青年が言う。

「寂しいを知らないって?」

「とても厳しい環境下での暮らしだったようです。それこそ明日をも知れぬような」

「そう……なのか」

 最近、星間銀河圏に加わったばかりの種族だと教えてくれた。

「友人知人ばかりか、親兄弟さえいつ喪うかもしれない。そんな場所で強い情を抱いていればすぐに心が壊れます」

「そうかもしれないな。想像でしかないが」

「一人では生きていけません。誰かに認められなければ」


 大人であれば必要な働きをしていれば認められる。しかし、子どもはそうはいかない。


「普通では目を引くことはできません。親切にするだけでも都合の良い人以上にはなれません」

 特別な子どもでいるための方法を模索したのだろうと考える。

「常に破天荒な、型破りな行動言動をしていればと考えたのでしょう。すると、大人も子どもも彼女から目が離せなくなります。できるだけ自分の周りに大勢の人間を引き寄せておく手段だったんだと僕は思っています」

「例え一部を喪っても自分に注目する人間が残るようにか?」

「ええ、クゥにとっての生存戦略、それが今も変わらないまま身に染み付いてしまっているのです」


 寂しいを感じている暇はない。ともかく一人でも多くの人間の気を引いておかなければ埋没して忘れられてしまう。心配もしてもらえない。そんな思考が今のクーファを形作っているという。


「だから、僕はまず彼女を不安にさせないことから始めています」

 ルオーは淡々と言う。

「この男は自分の前からすぐに消えてしまうことはない。なにをしても許してくれる。そうしていれば情は湧いてくるものでしょう?」

「彼女のかけがえのない人間になるつもりか」

「いずれ相手を慮る気持ちが生まれてくるはずです。じきに思いやる気持ちもできるでしょう。そうしたら型破りな行動も収まってくるものかと」

 まるで子どもを育てるように彼女の情緒を育もうとしていた。

「お前、案外いい奴だな」

「僕ですか? そうでもないですよ。普通のどこにでもいるアームドスキン乗りです。場合によりけりで情け容赦ありませんから」

「馬鹿言うな。お前が普通だったら俺は立つ瀬がないじゃんかよ」


 オスルがルオーの肩を拳で軽く叩く。二人は和解したようなのでモッサは少し安心できた。


(待て? 普通じゃない? そうなんだろうか。彼はただの人の良いだけの青年にしか見えないんだが)

 星間(G)平和維(P)持軍(F)隊員の言うことに引っ掛かりを覚える。


 観察する必要を感じていたが耳元からの情報で妨げられる。スクランブルアラームがσ(シグマ)・ルーンから鳴り響いていた。


「ちっ、のんびりしてたら出動かよ」

 オスルが素早く立ち上がる。

「クゥ、危険ですから防護施設(シェルター)に移動ですよ?」

「んんっ、お昼ごはん?」

「帰ってきたら一緒に食べましょうね」

 立たせると背中におぶる。

「行きますよ」

「速い速い、ルオ号いっけぇ」

「落ちないよう気をつけるんですよ」


 腕を振り上げる彼女に注意している。それでもルオーは走るモッサやオスルにそれほど遅れずついてきた。


「行くぞ、ルオー」

「わかってますよ、パット。ルイン・ザ、起動」


 戦闘が始まる気配なのに青年の顔は特に引き締まるわけではない。少女に手を振り、眠そうな面立ちをヘルメットの中に収めた。降着姿勢のモスグリーンのアームドスキンの中に消えていく。


(最初は目立たない男だと思ったが、捉えどころに困るタイプだな)


 モッサはルオーをどう扱うべきか迷った。

次回『想いは巡り(5)』 「まったく、こいつは冗談みたいなことを平気に」

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