想いは巡り(3)
朝、ルオーはクーファを伴って砂浜を散歩していた。なんとなく習慣になっている。彼は待機任務中なのでフィットスキンだが、猫耳娘はビスチェビキニに今日はラクーン耳を着けていた。
「オモチャ、見つけたぁ」
「おや」
この日は珍しいものが流れ着いていてクーファが駆け出す。馬乗りになってバンバンと叩いて遊んでいた。
「これは探索ドローンですね。GPFのものでしょう」
「ちっさいお船ぇ」
星間平和維持軍が使用している海上探索ドローンである。全長は1mほどで前方に偏った菱形をしていた。上部に目立つ凹凸はなく、全て内蔵されているタイプ。
「故障したんでしょうか」
「クゥと遊びに来たぁ?」
「違うと思いますよ」
波に叩かれてゆらゆらと揺れる。持ち上げられるほど軽いものではないので覗き込んだ。
「ああ、吸水口が詰まって自力航行できなくなってるんですね」
「食べ物、喉に詰まって窒息しちゃったぁ?」
「違います。余計に難しいこと言いますね」
海上ドローンは海水を磁場機構でジェット噴流にして航行する。その給水口に甲殻類の甲羅のようなものが詰まっていた。
「見事に引っ掛かっています。簡単には取れそうにないです」
「ジャストフィットぉ!」
「喜ばないでください。ですが、漂流物にしては珍しいというか」
水に浮くようなものではない。
構造上、流れ藻などの漂流物を吸い込むことは当たり前のようにある。メッシュフィルタで肝心な部分まで入りこまない構造になっているし、大きな塊を噛んで水流が滞れば逆噴して排出するようになっているはずだ。
それなのに、サイズ的に絶妙な物が綺麗に嵌まってしまって逆噴でも吐き出せなくなってしまっている。意外と硬く、簡単には取り除けない。
「痛た……」
「変なもの食べたぁ?」
「お腹じゃないです。棘があって指がですね」
割ろうと力を込めると指に食い込んでくる。どうやら道具が必要だと思って取りに戻ろうとしたら別の人影がやってきた。
「おい、そいつは。ルオー、お前、なにしてる」
「ああ、ちょうど良いところに」
「探索の邪魔をするんじゃない」
オスルは勘違いしている様子。すぐに手を放したのだが、見咎められてしまったのは取り戻しようがない。
「まさか、GPFの備品を盗もうとしてたんじゃないだろうな?」
「盗みませんて。そもそも、本来は海上を走っているものをどうやって捕まえるというんです? 流れ着いてたんですよ」
「そ、そうか」
考えるまでもないことなので、すぐに納得してくれる。状況を説明して、詰まっている物の除去方法を議論していると傭兵のモッサがやってきた。
「待つんだ。どんな因縁があったのかは知らないが喧嘩はやめよう」
「いや、俺たち喧嘩はしてないぞ。どうするか考えていただけだ」
「う! そうだったのか」
気まずそうにしている。
第一印象が悪かったとルオーは苦笑いした。
◇ ◇ ◇
憂鬱な気分をどうにか晴らそうとモッサが朝の砂浜を散策していると、ルオーとGPF隊員のオスルが揉めているのを見つけてしまう。また胃が痛み始めるのを感じながらも思わず駆け寄って止めようとした。
ところが悶着が起きていたのではなく、トラブル対策を議論していただけだった。勘違いを恥じて詫びる。
「これ、使うか」
「ああ、ナイフを持っていらっしゃるんですね。任せます」
「よし、代われ」
彼らが見ていたのは海上ドローンだった。故障して流れ着いていたのだという。
「外れたぞ。意外と重いな」
「それなんです。偶然引っ掛かったにしては妙だと思いません?」
「ああ、そんな浅瀬を航行するようなものでもないしな」
甲殻類の甲羅を挟んで首を傾げている。
「まさか、まだ彼を疑ってるんじゃありませんよね?」
「そんなんことはない。見え見えの悪戯をしてなんの利がある?」
「だったらいいんですけど」
モッサは一安心した。どうにも、そこら中にトラブルの種が転がっていて気の休まる暇がない。眉間の皺が癖になってしまいそうだ。
「喉詰まったの治ったのに元気ないままぁ」
ラクーン耳少女がドローンを揺り動かしている。
「航行不能になったとこでスリープしてトラブル信号発してるな。ほら」
「助けてって言ってるのぉ? じゃあ、クゥに感謝すべきぃ」
「いや、君はなにもしてないじゃん」
自慢げな少女にオスルがツッコミを入れている。
「母艦に連絡してリセット信号送ってもらうしかないな。報告しよう」
「ちゃんとクゥのお陰だって言ってぇ」
「いや、君のお陰じゃないし」
GPF隊員ともあろうものが少女に翻弄されている。気を取られて、本来すべきことが後回しになっているのが不安だった。
「クゥが言うからぁ」
「待て待て。通信に割り込むんじゃない」
オスルは追いかけ回されて困っている。ルオーは呑気にその様を眺めているだけだ。抱きつかれて真っ赤になっている隊員は転んでしまい、背中に馬乗りされていた。
それもそのはず、クーファは体格的には少女だが出るべきところはしっかりと出ている。彼女が成人女性であるという説明は本当のことだったらしい。
(なんだか仕事だって気がしなくなってきた)
モッサはコクピットに収まっているほうが気が楽だと感じていた。
次回『想いは巡り(4)』 「この娘はたぶん寂しいを知らないんですよ」