海の星で(5)
摘発アームドスキン隊第四班の隊長に任じられたシュスト・ディファレンサが民間軍事会社『ライジングサン』の一人が持ち込んだ機体『カシナトルド』をうらやましそうに見ている。オスルはやむを得ないと思った。
(シュー隊長、マニアックなとこあるからな。ちょっと子供っぽいところが親しみ持てて慕われてるんだが)
彼が第四班を仕切るとわかって安心したものだ。現場叩き上げの操機隊長補は安定感がある。編隊のトップである操機長にもなかなか上がれなくて操機長補でくすぶっているオスルとは一味違う。
いずれシュストは操機隊長に昇進して戦闘艦一隻三十機をまとめ上げる立場になるだろう。十年も務めれば今三十二歳の彼は四十半ばになる。パイロットとしては引退時期だ。それ以上乗っていれば寿命を縮めるだけになる。それまでに恩返ししたいと考えていた。
(目をかけた俺がもっと早く昇進できればシュー隊長も自慢できるんだろうな)
一番手近な恩返しになるだろう。
二十六歳のオスルがシュストと同じ三十二歳までにあと二つ昇格するのは少々厳しいと思える。かなりの戦果を挙げねばなるまい。そう思って精進しているが、ままならないものである。
「カシナトルドの本格生産が始まって二年か」
ぽつりとこぼしている。
「回ってこないもんっすね? 管理局の技術力ならすぐだと思ってたのに」
「イオン駆動機の生産が簡単じゃないらしい。専用設備がないと組めなくて、地方での生産が遅滞してるそうだ」
「そうなんすか。俺は馬鹿だから詳しいことわかんないっす」
操縦以外の部分はさっぱりである。
「自分で自分を馬鹿だって言うな。失敗したときの言い訳にしてるだけだって何度も言ってるだろう?」
「すんません」
「お前も努力すればなんとかなる。いつか、このカシナトルドに乗って活躍する日が来るだろう。私はどうかな? 引退するまでに乗れるだろうか。乗りたいものだな」
シュストが言っているのは今お試しに乗せてもらうことではない。任せられ自機として扱うようになることだ。
「見せつけられると悔しいっすね」
レモンイエローの機体を眺める。
「仕方ないさ。星間管理局も兵器生産販売が主力産業の一つ。必要になる膨大なコストを加盟国の拠出金だけで賄えるわけがない。販売しているのなら買う者もいるってことだ」
「確かに」
「あれの収入が私たちのギャランティになってるって考えてみろ」
GPF隊員は宇宙警察のようなもの。犯罪者に立ち向かい、任務は常に身の危険を伴っている。それだけにギャランティは他に比べて高い。その原資を生み出しているのが目の前にあるアームドスキンでもある。
(命を懸ける道具。命の対価である報酬。この二つを天秤にかけられてもな。どっちもなくちゃ困る)
バランス良くとはいかない。
「そんなハイクオリティな機材を持ってるライジングサンっていったいなんなんだか」
また苛立ちが首をもたげる。
「クガ司令のお気に入りだ。何度もスカウトしてるのにいい返事を寄越さないってのも知られた話だよな。お前も思い知ったと思うが、あれはもう技能なんて域じゃない。奇跡を見せられていると思ってる」
「あいつ、ほんと気に食わない」
「そう言うな。彼のお陰で被害を出さずに済んだ案件が幾つもある」
隊長のほうが彼らに詳しい。
「経歴を調べてもおかしなところはない。あのパトリックって男だって資産家の息子だ。買ったっていうのも嘘じゃないはず」
「そうなんすか」
「まあ、あの『ルイン・ザ』ってアームドスキンのことはわからないんだがな」
隣に並ぶモスグリーンの機体。絶技とも思えるスナイピングを次々と決める怖ろしい存在だ。
「スナイパーカスタム機っすよね? ベースモデルがわからないくらい改造されてるけど」
それくらいは理解している。
「ああ、あれくらいなら民間でも難しくない。自動工作機があれば部品から作れる。時間さえ掛ければできるだろう。ただし、設計は素人には無理だな」
「伝手があるって感じっすかね」
「そうとしか思えんな。他と違ってスナイパーカスタム機ってのはかなりデリケートな仕上がりを要求される。それこそ、指先を数mm単位でコントロールできないと厳しいだろう。パイロットの腕だけじゃ実現しない」
シュストは何度もルオーのショットを見ている。
「得体が知れないってのは本当だな。彼らがなにを思って民間にこだわってるかもわからん」
「今回のミッションで暴いてやる」
「ほどほどにな。問題起こすなよ」
当のルオーはウサ耳の娘と砂浜で、そのへんにいたカニを戦わせて遊んでいる。いたって呑気なものだ。
「ただでさえ傭兵の連中ってのは癖が強い。お前まで暴れ出したら手がつけられんぞ」
「シュー隊長には面倒かけませんから」
「いつも、そう言って手を焼かせるのはどこのどいつだ?」
「それ、言わんでください」
(あいつの秘密を……。っても、とても秘密を抱えてるようには見えないけどな)
特徴の少ない、ふわっとした感触の青年だ。
オスルは自機のゼスタロンに背を預けて眠そうな男を観察した。
次回『想いは巡り(1)』 「男というのはすべからく紳士であるべきなんだ」