海の星で(4)
星間平和維持軍正規パイロットのオスル・ドライガーは鼻息荒くアームドスキンを降下させる。いよいよ念願の相手の顔を拝むことができる。クガ・パシミール司令に直訴してまで民間軍事会社『ライジングサン』が属する第四班に入れてもらったのだ。
(あの屈辱は忘れない)
少々乱暴に機体を島に着地させる。パイロットシートが押し出されるのももどかしく飛び降りると足音高く歩みを進める。
海上には通常サイズの戦闘艇が浮いており、ライジングサンが到着しているのがわかる。パイロットらしき集団も見つけ近づいた。傭兵協会のロゴではないフィットスキンを着ている男が目に入る。
(くっそ! あんなとんでもない腕してるうえに、これほどのイケメンだと? どこのアクションムービーのヒーローだっつーんだ!)
余計に腹が立つ。
男は紫の髪に眉目秀麗な面差しをして女性パイロットに囲まれている。それさえも苛立たしくて堪らない。
「おい、お前、あのときはよくも……。俺は一生のうちにあんな恥ずかしい思いをしたことは初めてだ」
荒々しく告げる。
「なんだい、君は? 知らない顔だが。オレって女性の顔は忘れないけど男の顔を憶えるのは苦手なんだよ」
「初対面だ。が、見覚えくらいあるだろうが」
「いやあ、さっぱり」
とぼけながらもポーズが様になってるのも癪に障る。それを見た、女性パイロットたちのヘイトが集まっているのを肌で感じる。
「オスルだ。オスル・ドライガー。思い出したか?」
「うーん」
肩をすくめている。
「忘れもしない、ドンデミル号襲撃事件のとき。俺を見世物のヒーローに仕立て上げたのはお前だろうが、ルオー・ニックル」
「ドンデミル……? ああ、あれはノータッチだ。君が言ってるのはルオーのことなんだろう?」
「は?」
美男子が指差す。その先には冴えない風貌の眠そうな青年が目立たないように佇んでいる。
「お前がルオー?」
呆然と見る。
「はい、ドンデミル号の案件でしたら僕です。オスルさん? 確か救出部隊にいらっしゃいましたね。会見だけちらっと観ました」
「お前……、お前が?」
「はい、僕ですけど」
下手するとアームドスキン乗りとも思えない青年だった。凄腕スナイパーにはとても見えない。そのへんにいる平々凡々とした男。それ以外の印象を抱けない。
「なんで……」
食って掛かる勢いが削がれてしまう。
「なんでと申されましても、僕はクガ司令のオーダーをこなしたつもりですけど」
「あれはお前が!」
「まあまあ!」
割って入ってきた男は傭兵。
「なにがあったかは存じませんが、ここは穏便に済ませませんか? これからしばらくは一緒の任務につく同じ班の一員です。悶着を引きずれば任務にも支障をきたすんじゃないですか?」
「お前は?」
「傭兵協会から派遣されましたモッサ・オーラーといいます。オスル隊員、どうかよろしく」
握手を跳ね返すわけにもいかない。腑に落ちないまま手を握り、彼が促すまま金髪の眠そうな男とも握手した。
「お気に障ったのでしたら謝ります。この任務の間だけでもお目溢しくださいません? 目立たないようにしますので」
温和な口調で伝えてくる。
「そういうことを言ってるんじゃなくてな。ああ、もういい!」
「おーい。もう済んだか? 悪いな、青年。こいつ、飲む度にあんときのことをグチグチ言って堪んなかったんだ。やっと相手を認めたことだし落ち着くだろ」
「うるさいですよ」
先輩隊員にからかわれて思わず反発する。笑いながら尻を蹴られた。滅多にしないことだったので怒らせてしまったか。
(あいつがルオーなのか。全然普通の男だった。あのとんでもないスナイピングショットを決めるような奴だなんてとても思えない)
オスルはへらへらと笑う青年を怪訝に見た。
◇ ◇ ◇
(焦った)
モッサは胸を撫で下ろす。
(天下のGPF隊員ともあろう人があんな粗野な態度を取るとは。あれじゃ、どっちが食いっぱぐれのPMSC落ちなんだかわからない)
彼の認識では、民間軍事会社のパイロットは星間管理局関係はもちろん、どこの国軍からも落ちこぼれる問題児で、腕のうえでも傭兵協会所属に満たない人種。他になにもできることがなく、食いっぱぐれた挙げ句にアームドスキン乗りの端っこに引っ掛かってる輩という認識だった。
(話の流れからして、どうやらライジングサンは本当に司令官の要請を受けて来たみたいだな)
考えを改める。
(GPF隊員とも絡みがあるみたいだし、おかしな問題を起こしそうな気配はない。変にコネを使って割り込んだんじゃなく、普通に腕を買われて招集されたと思うべきなんだろう)
他のGPF隊員たちと挨拶を交わしつつ思う。どこから見ても前途多難な船出に感じた。この先、どれほどのトラブルがあるかと思うと頭が痛くなる。
「おいおい、こいつはカシナトルドじゃないか。パトリック、君はどうやってこいつを手に入れたんだ?」
「買ったのさ。オレほどの男に見合うアームドスキンとなるとこれくらいの代物じゃないと」
「抜かしやがる、まだまだ現場にも配備されてないような最新鋭機を。これで役立たずだったら笑いもんだぜ」
「それは見てからにしてもらおうか」
そこら中に落ちているトラブルの種にモッサはうんざりした。
次回『海の星で(5)』 「あいつ、ほんと気に食わない」