すり減ろうとも(3)
パトリックは暇を持て余していた。なにしろワイアットが何度も出入りした所為でライジングサンは完璧にマークされている。監視はもちろん、時折りレーダーロックオンも受ける状態では迂闊に外には出られない。
(やれやれ、依頼人がせめて女性だったらこんなに憂鬱じゃなかったのに)
あわよくば恩を売って頼れる部分を見せてベッドに誘うのも有りだ。
あいにく彼はストレートなので、そういう意味で男性と親しくしたいとは思わなかった。不満を抱える結果となる。
「いっそのこと、カシナトルドで出掛けるか」
匿っている顧客は大統領との交信以来、鬱々としていて鬱陶しい。
「ご自由に。たぶん撃たれますけど」
「いきなり?」
「女性の敵を解き放つくらいならメーザードの人はきっと躊躇わないからぁ」
「そっちか?」
ルオーに続いてクーファにまで指摘される。軽口の部類とわかっていても少しだけ傷ついた。そこへコールが鳴る。
「なにごと?」
気分転換に反応する。
『外に人が来ててー、入りたいみたいー』
「どなたです?」
『検索にヒットぉー。至心会メンバーでヘルガ・ソネットだってー』
ワイアットの関係者らしい。
「なんだ。政治家かよ」
『二十歳ぃー』
「それを早く言え。出迎えてくる」
シートを飛び出した。
なにか後ろから言われているが気にせず機体格納庫へ駆け下りる。いそいそと下部ハッチのロックを外すとはしごを降ろした。開口部の向こうには美しい女性が戸惑いの表情で待っている。
「すまない、お嬢さん。待たせてしまったね」
歓迎の意を示す。
「わたし、そちらでお世話になっているワイアット・クスタフィンの知人でヘルガ・ソネットと申します。面会は可能でしょうか?」
「面会か。面会ね。オレが君に早く面会したかったよ。言ってくれればこっちから会いに行ったのにさ」
「いえ、わたしが会いたいのは……」
面食らっている。
「わかってるわかってる。あの男でしょ? 結構年離れてるのにあれがいいの?」
「そうではなくて、尊敬しているんです」
「そうじゃないのね? うんうん、それがいい。既婚者の政治家に恋するなんて不毛だよ。ここにこんなにいい男が君を待っているのにさ」
考える余地がないほどまくしたてる。思考停止してくれたくらいがちょうどいい。一番隙ができるからだ。
「あの、上がってもよろしいので?」
上目遣いに訊いてくる。
「もちろんもちろん。入ってくんないと、もっと知り合うことはできないじゃん」
「はぁ、ありがとうございます」
「入って入って」
ラダーを登る彼女をさり気なく手伝う。手を握って引き上げると、自然に肩に手を回した。そのまま階段を使って居住フロアへと導く。
「なにかなー? 大統領さんに言われてワイアットの説得に来たのかい? オレに会いに来てくれたんなら嬉しいな。ちょっと話さない?」
自室に招こうとする。
「いえ、まずはワイアットさんに会わせてください。お話が」
「そっか。仕方ないな。なんか落ち込んでるけどさ」
「やっぱり。イブストル大統領のおっしゃったとおりなのですね」
交渉決裂したとは聞いている。いつまでも悩むくらいなら最初から対決するつもりでいればいいのに、割り切りができないとは情けない男だと思っていた。
「それじゃ、ちゃっちゃと片づけて来なよ。もっと楽しい話をしてあげるからさ」
「はぁ、それほど暇ではないんですけど」
ご機嫌を損ねてもいけないのでワイアットの部屋まで連れていった。チャイムを鳴らすとすぐに現れる。
「ソネット君、連絡を聞いて驚いた。本当に来たのだね?」
「はい、少しお話が。よろしいですか?」
「ああ、入ってくれ」
せっかくの若い女性を奪われるのは面白くない。しかし、どうせ同席を頼んでも拒否されるだろうから譲った。あきらめて操舵室に戻る。
「どうでしたか?」
「大丈夫。問題ない。ちゃんとワイアットのとこに案内したって」
「オスの匂いがするぅ」
「だから、オス言うな」
パトリックは不貞腐れて再びシートに収まった。
◇ ◇ ◇
「掛けてくれ。気の利いたソファーセットなどないけどね。部屋は基本的にプライベートを守ってくれている」
ワイアットは内密な話もできると教える。
「言われてきたのではないんです。レイア様は至心会の皆に、もしあなたに同調するならこちらの陣営に加わってもいいと許可をくださって」
「手伝いに来てくれたのかね?」
「はい。わたし、ワイアットさんの演説に感銘を受けました」
ヘルガ・ソネットが至心会に加わったのは学生時代からだ。優秀な彼女は大学もスキップして卒業し本格的に仲間になった。今では大統領秘書室の一員として働いている。
「助かる。が、大変だぞ? 国民は支持してくれているが、議会とは真っ向対決している形だ。どんな手段に訴えてくるかわからない。私は狙撃されるところだった」
「それで民間軍事会社をお雇いになられたんですか。すごい勇気です」
「試されている。だが、やりがいもあると思っている。レイ……、大統領閣下と決別せねばならないのは心苦しいが、誰かがやらねばメーザードは変えられない」
「ご立派です。なのでお手伝いしたいと思いました」
ヘルガの申し出にワイアットは少し気力が湧いてくるのを感じた。
次回『すり減ろうとも(4)』 「お断りします」