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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
知に働けば角が立つ
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すり減ろうとも(2)

(レイア様は私の行動をどう思っておられるのだろうか。本当に心変わりされてしまったのか。それとも、議会への影響力を高める努力をされてから打って出る算段をされていたのか。今では確かめるのも怖くなってしまった)

 コールアイコンをタップする指が震える。


 ライジングサン船内の借りている一室で直通回線を繋ごうとしている。普段なら絶対に不可能なのだが、制限解除コードをメッセージで受け取っていた。


「盗聴なんかしませんから自由にお話しください。僕はあなたの自由意志を曲げるつもりはありません」


 ルオーはそう言っているが、急速な民意の形成を順序立てて画策したのは彼である。あくまでワイアットの要望に応えた形であっても、これほど激烈な変化をもたらすものだとは予想していなかった。

 彼らと出会う以前は、国内の誰もが自身を批判する敵のように思えていたのに、今では国民の期待を一身に背負ってしまっている。師として慕っていたキトレイアを改心させねばならない立場に祭り上げられた気分だった。


「レイア様」

 意を決してコールするとすぐに相手がパネルに映る。

「お忙しいでしょうが、今お時間いただけますか?」

「そうでもなくてよ。あたふたしているのは議会のほう。わたくしは整然と職務を遂行するだけだわ」

「はい、巨大な権限をもって国家を運営する責務がどれほど重要なのかはこの一年で身に沁みてわかりました。極めて過酷な重圧の中でレイア様がどれほど心砕いておられたか理解しているつもりです」

 つい言葉を弄してしまう。

「そう? そのわりに意気揚々とした演説に聞こえたけど? わたくしの施策を生ぬるいと言っているように聞こえてよ?」

「申し訳ございません。もう我慢なりませんでした。苦しみの中で汲々としている国民を思えば言わずにいられなかったのです。そして、その思いは彼らの生の声に触れて高まりこそすれ鎮まることはありません」

「わたくしがそうさせてしまったのかしら。矢面に立たせて批判を一身に受ける立場に置いてしまったから」


 キトレイアは憂いを帯びた面持ちで瞼を伏せる。彼女の心根の優しさだけはどうあっても変わらないと思わせてくれた。


「いえ、将来を見据えて私に顔を売る機会をくださったのだと感謝しております。ですが、あなた様の想像以上にダイレクトに心に響いてしまいました。それは私の弱さなのでしょう」

 省みる部分はある。

「そんな急に人は強くなれなくてよ。これまでは至心会も傍流派閥として好き勝手な発言も許されていたわ。でも、わたくしが大統領に就任して世論の荒波に真正面からぶつかることになった。心の準備ができていなかったのは、わたくしもあなたも同じこと」

「だとすれば、レイア様は上手に流れを泳ぐすべを身につけられた。私は抗って溺れかけていた。そうなのでしょう」

「年の功よ。経験がものを言っただけ」

 謙遜してみせる。

「逆にいえば、あなたほどの若さがなかった。逆境を熱意に変えるほどの気概は失っていた。それがあなたを幻滅させてしまった。そうではなくて?」

「失礼な物言いをしてしまったことはお詫びいたします。でも、あなた様にはまだ戦う姿勢を見せていただきたかった。そうであれば、私は幾らでも前面で言葉の銃弾を浴びても耐えられたのに」

「言いっこ無しよ。苦難は自らの意思で背負うもの。わたくしに命じられる形で、今と同じ行動ができて?」


 できたかと問われたら否である。責任を誰かに負わせたままで勝手なことは言えない。自身が全て背負う覚悟でなければ言えないことがあるのだ。


(レイア様も大統領就任時から同じ状況に身を置いてらしたのか)

 今にして思えば容易に想像できる。

(そのうえで自らの派閥である至心会の議員も守らねばならない立場だった。だから、売国議員におもねってでも自身のお立場を確かなものにしなくてはならなかった。そうでないと議会で私たちが集中攻撃を受けることになるから)


 苦しみの中での選択。なのにキトレイアはそれを感じさせることがなかった。まるで敵わないと思えてくる。


「ご配慮感謝しております。ですが、私はあなたとも戦わなくてはなりません」

 決然と伝える。

「ですわね。頑張りなさいな」

「今一度お願い申し上げます。どうか国民に向け、苦しみを和らげるために同盟と戦う覚悟があるとおっしゃってください。そのためには皆の支持が必要だと。議会があなた様に従わざるを得ない力が必要なんだと」

「できないわ。だって、それは国民に血を流してでも戦って勝ち取れと命じるも同然でしょう? わたくしは国民一人ひとり全ての命を守らなければいけない責務があるのです。口が裂けても言えない台詞なのではなくて?」

 理解できるだけに頭を垂れることでしか応じられない。

「では、私は議会が考えを改めるまで戦います。この命、危険にさらそうとも」

「強くなったわね、ワイアット。頼もしいわ。正々堂々と戦いましょう」

「大変お世話になりました、大統領閣下」


 ワイアットは決別の言葉を血を吐くような思いで口にしなくてはならなかった。

次回『すり減ろうとも(3)』 「すまない、お嬢さん。待たせてしまったね」

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