一歩でつまづき(3)
「ここからは僕たちの出番です」
ワイアットの前にクリアシールドを抱えたルオーが出てきて翳す。説明では対物レーザーの攻撃も偏向させられるそうだが実際に見たことがない。大丈夫なのかと心配になる。
「ルオー君?」
「問題ありません。少し下がっていてください」
後ろからクーファが「こっちぃ」と引っ張ってくる。
「なんだ、てめぇらは?」
「彼のボディガードを請け負っている民間軍事会社の者です。無駄ですので退散してください」
「どうせオレたちには敵わないからさ、さっさと撤収しなよ」
横には同じくクリアシールドを持つパトリック。二人はいつもとは違う小銃型のハイパワーガンを抱えている。高出力のレーザーガンだ。
「けっ、PMSCだぁ?」
ギャング紛いの男たちは吐き捨てる。
「どうせ兵士にもなれない奴らが見せかけの武器だけで威圧してきてるだけじゃねえか。本当の殺し合いを知らない根性なしなんぞ怖くもねえ」
「そう思います?」
「決まってんだろ。撃て撃て。ほんとに撃たれたらビビって逃げ出しちまうからよ」
ギャングたちがハンドレーザーのトリガーを絞っている。クリアシールドの表面で光が瞬いているのは偏向しているからだろう。
「自衛行動可能になりました。では反撃します」
ルオーが無造作にハイパワーガンを向けて発砲する。一番近くにいたギャングの一人が腕を押さえてハンドレーザーを取り落とした。
「ほ、ほら見ろ! どうせ、こんな人だらけのとこで撃ち合いなんかできねえ連中なんだよ。本物の殺し合い知ってる人間の度胸を見せてやれ」
一斉に駆け寄りながらハンドレーザーを向けてくる。
「そうですか。困りましたね」
「やったれ! もう腰引けてんぞ!」
ルオーは眠そうな顔のまま再びトリガーを絞る。騒いでいたリーダー格の男が額に焦げ跡を作った。その場でくしゃりと崩れ落ちる。
「軍学校上がりを侮ってはいけません。人殺しのプロなんですよ?」
ギャングたちは固まった。彼らも抗争には慣れっこなのかもしれないが、装備を整えたプロフェッショナルに対抗する意識はないと思われる。パトリックに身体を撃たれて転がる者、太ももを撃ち抜かれてしゃがみ込む者が連続する。ルオーは数名の頭を狙って殺害していた。
「まあ、この程度でしょうね。恫喝すれば引き下がるくらいの心持ちだったんでしょうから」
観客が遠巻きに避難して開けた広場にうめく男たち。幾つかは死体と化してしまっている。ワイアットも呆然とその様を見つめていた。
「なぜ、殺してまで?」
「なぜ、とは? 彼らはあわよくばあなたを殺害する指示を受けていたはずです。実際、躊躇いもなく撃ってきたでしょう?」
ルオーは平然としている。
「動けなくするだけでは駄目だったのか?」
「ここで手加減すれば、次も同じ手を使ってくるだけです。裏社会のアウトロー程度では歯が立たないと思わせておかないといけません」
「しかし、こんな少女を雇っているのに残酷なことを。クーファ君、君はなんとも思わないのかね?」
キョトンとしている少女に問う。
「なんでぇ? 人って簡単に死ぬんだよぉ? 昨日まで一緒に遊んでいた友達が今日には死体になってるなんてザラだもん」
「君もそんな厳しい環境で育ってきていたのか。私は……、私が甘いのか」
「そのままで結構です。権力者が死体の数を誇っているようでは国が荒れますからね。こんな汚れ仕事は僕たちの領分です」
思い知らされる。人生に苦しみは数あれど、メーザードのそれはまだ耐えられるレベルだったのかもしれない。数十年も常態化していたのは耐えられるということなのだろう。
「経緯はGSOが確認済みです。こちらが罪に問われることはありません」
パトリックがGSO隊員と話している。
「ですが、演説を再開できる雰囲気ではなくなったので今日はこれくらいにしておきましょう」
「わかった。撤収しよう」
「パッキー、帰るよぉ?」
「おー、あとは処理してくれるってさ」
応援の星間保安機構がやってきて整理を始めた。国家警察も押っ取り刀で駆けつけてきて処理を始める。集会の観衆もそれを受けて解散していった。
(血を流してまですべきことか? いや、国民は血を流すどころではない苦難を強いられてきたはずなのだ。ここで私が折れてどうする)
ワイアットは彼らに問われた覚悟の深さを再認していた。
◇ ◇ ◇
「どう動きます?」
『準備してるー。ちょっと本気っぽいー』
ティムニのアバターがクルクル踊りながら答えている。
数度の演説を経て、最初に見舞われたような妨害は起きていない。しかし、ワイアットを普通に生活させるのは危険すぎるので、ライジングサンの船内に匿っている状態。相手は公権力だ。油断はできない。
「次は搦め手でしょうね」
『そっちも動くかもー。色々あるもんねー』
手段は多様だ。
「いささかワイアットさんに負荷が掛かりすぎているきらいがあります。最後までもってくれるといいんですが」
『途中で折れるようならルオーが手を貸すまでもなくないー?』
「まあ、そう言わずに。あの人だって精一杯頑張ってると思いますから。普通の世界に生きてる信念の人ってだけです」
(僕にできることなんてわりと血なまぐさいことなんですよ)
蔑まれようとも、彼の真っ直ぐな信念を貫かせてあげたいルオーだった。
次回『すり減ろうとも(1)』 (まったく大胆だこと。あのワイアットがここまで強く押し出してくるなんて)




