一歩でつまづき(2)
国内の様子は一変した。地方で発生したデモは飛び火していき、各地で炎上していく。火の手は首都ザーディラまで及び、大規模な反政府集会が行われるに至っている。その場では思惑どおりワイアットを称える声が大きかった。
「ここまで一気に」
ワイアットは絶句する。
「いつ火が点いてもおかしくない状態だったんでしょうね。あなたが心を痛めている以上に国民が苦しんでいたということです」
「しかし、これほど加熱すると衝突が起こってしまいそうで怖い」
「国民側は自制しています。問題は政府側ですがこれも問題ありません」
ルオーが操作すると報道映像の一部が拡大される。そこには側面に『GSO』のロゴが大きく描かれたリフトカーが寄り添っている。
「警察が武器使用で制圧しようとすれば一発じゃん。星間法人権条項違反で警察そのものはもちろん政府まで捜査が入るね」
星間保安機構が即動くとパトリックも言う。
「それでデモの国民も自制してくれてるのか」
「そういった情報も流しておきました。整然と活動している範囲でなら危険はあり得ないと」
「工作も行き届いてるな。通報までしたんじゃないだろうね?」
「不要ですよ。情報把握は管理局のほうが遥かに上です」
あくびをしつつ否定する。
「ですが、このままではデモのほうが注目を浴びてしまいます。政府側の裏工作がデモ隊に及ぶのは面白くありません」
「私の出番か」
「はい、しっかりとヘイトを集めてくださいね」
政府の売国議員にワイアットだけ排除すればデモが下火になると思わせなくてはならない。でないと、いずれはデモ隊の中心人物が狙われるようになってしまう。
「わかった。何度でも同じことをしてやる」
「人口衛星からの顔認識ロックオンは一時的にティムニが外してくれます。移動する間くらいは安全が保たれます。再度設定されるからイタチごっこですけどね」
「それで構わない。まずは皆の前に立つ」
最も危険な場面になるとワイアットは覚悟した。
◇ ◇ ◇
『ルオー』
「なんです?」
準備しているところにティムニが話し掛けてくる。
『これこれー』
「はい? これは……、なるほど。そういうことでしたか」
『彼、喜ぶんじゃないー?』
「いえ、知らせないでおきましょう。変に計算すると熱さが薄れそうな気がします」
ルオーはティムニが示した情報パネルを払って消した。
◇ ◇ ◇
「我々は奪われたものを取り戻すだけだ。当たり前に得るはずだったものをこの手に掴む。そんな普通のことができなくなっているのが現在のメーザードである」
演壇に立つワイアットの演説に観衆が湧き立つ。
「横暴が許されてはならない。メーザード国民は同盟がなくとも生きていける。政府はそれを認めるべきだ。そうだろう、皆?」
「そうだそうだ!」
「ワイアットの言うとおりだ!」
「頼む。早く我らの大統領になってくれ!」
「イブストル大統領は早く辞任しろ!」
一部過激な声もあがるが、全体には政治集会の域を出ていない。今日も律儀にGSOの監視も付いていて多少は安心を感じる。彼の後ろではライジングサンの三人も待機してくれている。
「皆の考えを政府に届けてくれ。まずはそれからだ」
政庁のほうを指差す。
「別に政府を打倒しなくてもいい。民意が正しく伝わるだけで構わないのだ。特別なことじゃない。どうか、国民皆が暮らしやすい国にしてくれ、と」
「立ってくれ、ワイアット!」
「俺たちの思いを政府に突きつけてくれ! あんただけが頼りだ!」
「お願いよー!」
観衆の数は膨れ上がっていく。首都ザーディラでさえこれほどの不満が溜まっていたのかと驚いた。今までどこを見ていたのだろうと思う。孤独に戦っていたつもりになっていた。
「私もともに戦いたい。皆の声を受けて政府に挑む後押しをしてほしい」
「任せるぞ、ワイアット!」
「我らの希望の星!」
そのとき、集会の後ろのほうでざわめきが起こる。見るからに武装した一団が割り込んできた。彼に向けてどんどんと進んでくる。
(これか。ルオーが言っていたアンオフィシャルな動きっていうのは)
幾つか警戒すべき点を話し合っていた。
(誰か売国議員がけしかけてきたな。警察を動かすと管理局にマークされるからギャング紛いの輩を使う)
一団は皆がハンドレーザーをこれみよがしに掲げている。GSOのリフトカーから隊員が降りてきて抑止しようとするが、逃げる観衆が邪魔でたどり着けない。ワイアットは正面から銃口と睨めっこをする羽目になる。
「なんだね、君たちは」
引いてはならない。
「うるせえんだよ。ぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねえ。耳障りだ」
「うるさいのはそっちだ。我らは公式な集会を行っていた。邪魔をするなら通報するぞ?」
「やれるもんならやってみな。警察が来るまでてめぇが無事でいられる保証はねえぞ。嫌だったらさっさと解散させろ」
脅迫してくる。
「暴力には屈しない」
「威勢がいいな。さぁて、何発食らうまで耐えられるかね」
「よくもそんなことを!」
複数の銃口がワイアットに向かって獰猛な口を開いていた。
次回『一歩でつまづき(3)』 「けっ、PMSCだぁ?」