一歩でつまづき(1)
「本来、あなた方が手にするはずの富が同盟の一部の国に流れていく。常態化したこの過ちが私は許せない」
ワイアットはカメラに向けて延々と理性の赴くまま本音を語り続けていた。
「例え戦争の災禍を逃れられたとしても、国民が苦しまねばならない政策は間違っている。間違っているものは間違っていると言わねばならない。それができないのが今のメーザード政府である。これを不幸と言わずなんと言うか。敗残の苦行と同じ苦しみを味わっているだけではないか」
溢れ出るように言葉が流れる。今まで大統領府広報官として会見の場で絶対に口にしてはいけなかった本心をようやく詳らかにできたのだ。その開放感たるや、他に類を見ないものだった。
「このやり方の最大の欠点はあなたが最も危険にさらされる点です。被る覚悟がおありですか?」
ルオーに問われ少しだけ躊躇した。彼にも家族がいる。しかし、行動せねばなにも起こらない。もしものときは管理局ビルに保護を求めるよう言いおいてカメラの前に立った。
3Dデータの演説はライジングサンの操船AIティムニのローカルネットと衛星網ジャックによって全国に流されている。意を決したワイアットの姿は誰の目にも留まる状態になっていた。
「声をあげてくれ。意を示してくれ。そうしなければなにも変わらない。国民を食い物にしようと企んだ売国議員は行動を改めることはない」
拳を示す。
「怒れ、そして自らの手で輝ける明日を望め。武装など不要だ。権力者が最も怖れているのは、国民が本来持っている主権の力である。国民皆が国を取り戻す力を持っているのだ。行使するだけでいい。腐った売国議員に示すだけでいい。拳を突き上げろ」
アジテーションの最たるものだという自覚はある。それでも彼の行動を望み、彼に希望を託してくれた国民の気持ちを蔑ろにはできない。幾ら危険でも自らの声で真実を訴え続けるのは義務だと感じた。
「お疲れさまです。さすが弁論者というところですね。僕には到底真似できません」
眠そうな顔で言ってくる。
「自然と出てしまった。もしかしたら私は革命家向きなのかもしれない」
「まさか。彼らは自ら血を流す覚悟などありませんよ。他の者を戦闘に駆り立てるために弁舌を駆使するのです」
「少しはマシか」
(この男はいったい何者なんだ? そのへんにいる平々凡々とした人間のフリをしながら戦略家の心を持っている)
戯れつくウサ耳少女をたしなめつつ平然と戦術を披露する青年。
(上手く乗せられたとは言わない。抑圧を読み取り、他人の心を解放する方法を知っている。苦しみを知っている人間のやり方だ)
ルオーの相棒である男も奇妙だった。肩を落として帰ってきた色男は彼の作戦に乗ってくる。
「おお、盛大なお祭りになる。それなら少しは良くなるかもしんないな」
頭を掻きながら言った。
「別に好きにしてていいんですよ?」
「いやあ、駄目だわ。なんというか、無気力というか、輝きを無くした女の子たちしかいなくてさ。こっちも乗れない」
「暇してるんなら手伝ってください。ちょっと派手になりそうです」
そんなやり取りがあってパトリック・ゼーガンと名乗った男もこの反抗作戦に参加することになった。危険なだけに戦力が増えるのは歓迎だが、二人がどれほどの力を持っているかは今ひとつわからない。
「宣戦布告はしました。これからがあなたの本当の戦いです」
ルオーに逆に煽られる。
「腰が引けたら負けだ。肝据えていってちょ」
「わかったよ、パトリック君。しかし、軍事には不案内なんだ」
「そっちは任せてくれていい。できることをしてればオレたちでサポートする」
いい笑顔を向けてくる。
「どんな感触です、ティムニ?」
『湧いちゃってるわー。すごい熱狂だしー』
「過激になりすぎないよう、チェーンメッセージでそれとなく蜂起は控える論調を流してください。内乱にするつもりはありません」
『ほーい』
力に訴えてはいけない。声で訴えるのだ。あるべきものをあるべき場所に返せと。当然の権利を取り戻すための政治闘争なのである。
「君はなぜここまでするのだ?」
作戦立案から実施まで、本来の民間軍事会社の仕事ではない。
「僕です? そうですね。例えば、エニメンツォパフェがもっと気軽に味わえるようになると嬉しいかなって程度ですよ。産物の流通までゼオルダイゼに握られているようではそれも適わないでしょう?」
「そんなことで?」
「嘗めてはいけません」
ルオーは立てた指を振る。
「人生を楽しむには行動あるのみです。やれることをしないで文句を言うのは愚かだと思いません?」
「君は人生を充実させるためだけに命も懸けられるというのかね?」
「そう言われると矛盾してますね。うーん。自分でできることを測りながら動いているから、まあ大丈夫でしょう」
のほほんとした顔でのほほんとしたことを言う。それなのになぜか安心感を与えてくるのは青年の度量なのだろうか。
(もしかしたら、彼のほうがよほど政治に向いているのかもしれないぞ)
ワイアットはそんなことを思いつつ、全国の様子に目を落とした。
次回『一歩でつまづき(2)』 「それで構わない。まずは皆の前に立つ」