千里の道を(5)
「ただの軍事同盟のはずが、弱みに付け込まれて経済まで牛耳られてしまったということですか」
「そのとおりだ」
ルオーの予想をワイアットはすぐさま肯定する。
友好関係にあるから軍事同盟を結ぶわけではない。互いに利益があるから結ぶのである。ましてや、そこに国力に差がある国家が混ざると話は難しくなる。
「同盟締結当初はそんなこともなかった。しかし、時を経るごとに大国ゼオルダイゼは権力者を利権で取り込み、自国の都合がいいよう操作するようになった。あるいは息のかかった者を金権で権力者に据えていった」
ありがちだが、水面下で徐々に進行する事態を察知できなかったらしい。
「買収された議員が増え、ゼオルダイゼの国益になる政策が通されるようになっていったわけですね?」
「ああ、難色を示していた大統領も、時代が移り親同盟的な人物が就くことによって法改正されていく。国民の支持を得て反同盟大統領が誕生しても、議員の賛同が得られないと法改正できない」
「常套手段として外堀から埋められましたか」
ある意味、正攻法である。
「議員さんもみんなが選ぶんじゃないのぉ? どうして損する人を選んじゃうのかなぁ」
「企業、特に輸出産業から狙うんですよ。他国との結びつきが強いほうが儲かります。そこを懐柔してから立候補者の金銭的バックアップをします。もちろん組織票も使います。そうやって操作しやすい議員を増やしていくのです」
「そっかぁ。まずお金で動いちゃう人から引きずり込まれちゃう」
大国は経済基盤も強い。逆にいえば、他国を上手に利用する術を知っているから大国になれる。
「そんなことが五十年も続いていれば立派な服従国家のできあがりだ」
ワイアットは苦々しげに言う。
「国民は搾取されることに慣れ、声をあげる気力さえ失っていく。生活が大変でそれどころじゃなくなるからな。それでも、国民が強い力を発揮できる機会がある。大統領選だ」
「今は?」
「反同盟で国民の利益を尊重すると訴えて当選したのが現大統領のキトレイア・イブストル。私が属する公民党至心会の領袖になる」
国益、ひいては国民の利益を守ろうとするのがワイアットの派閥なのだそうだ。それゆえ「まごころ」を表す「至心」を冠した派閥にしたのだという。
「ところが、就任直後から議会の猛烈な反発を受けることになってしまった。レイア様がいくら大統領令を発布しようとしても議会が否決してしまう」
政治が停滞してしまう。
「ゆえに、あの方も妥協点を探ってどうにか改善を試みて苦心していたが上手くいかない。最近では親同盟的な政策しか議題に上げられなくなっている」
「それがあなたは許せないと」
「もちろんだ。私も苦しんでいる国民の声を受けて本院議員として立っている。国民生活を良くするために努力する義務がある。それなのに……」
袋小路に陥っているようだ。
「あの方は変節してしまわれた。私にこの国の未来を変えてみせると熱く語ってくれた日の面影はない。立派な親同盟大統領に成り下がってしまった」
「不服として訴えているんですね? 味方を増やそうとしている?」
「そうしないと始まらないからな」
当然、政府関係者の大勢の知るところとなろう。親同盟議員から見れば危険分子以外のなにものでもない。自発的にか、あるいはゼオルダイゼが動いているかわからないが、ワイアットは監視され排除されようとしている。
「まいりましたね。敵が大きすぎます」
正直な意見を告げる。
「そうかもしれんな」
「あなた自身をガードするのは難しくありません。ですが、活動を制限されては議員として生きながらえる意味はない。そうですね?」
「私だけでも志を貫きたい」
苦衷になければルオーみたいな外の人間に頼ろうとはしないだろう。
「どういたしましょう。可能なかぎりガードしつつ活動継続の方針で?」
「そうできればありがたい。が、政府中央施設に君を招き入れるのは厳しい。手続きだけでどれほど煩雑か」
「ですよね。さて、どうしたものか」
傍にいなければ物理的にガードするのは困難である。しかし、ワイアットの主な活動範囲は政府官庁などの施設内になる。
「今日の感じからして動向は把握されています。あなたは衛星からの光学ロックオンの対象になっているでしょう、ワイアットさん」
人を使うより確実だ。
「確かに。そう考えるほうが早い」
「では、そっちから攻めてみましょうか。ティムニ?」
『はいはーい』
σ・ルーンから二頭身3Dアバターの姿で登場する。
「ワイアットさんがロックオンの対象になっているか確認できます?」
『ワイアット・クスタフィン。顔認識ロックオンの対象合致ぃー。施設利用の個人コード認識もローカルネットで監視受けてるー』
「がっちりマークですね」
センサーというセンサーが彼の動向を監視しているといっていい。場合によっては発言まで監視されているかもしれない。
「相当みたいです」
「そこまで監視されているのか、私は」
「これでは政府施設内で活動できるような状態とも思えません。継続するよりは、もっと大胆な手段に訴えたほうが得策な気がしますが」
ルオーが提案するとワイアットはなにを言い出したのかと眉間に皺を寄せた。
次回『千里の道を(5)』 「逆に利用しましょうか」