千里の道を(4)
ルオーはワイアットを伴って宙港へ到着する。旭日のエンブレムを持つ鮮やかな黄緑色の戦闘艇『ライジングサン』を紹介すると物珍しげに眺めていた。
「乗り心地は重視されていませんので手間ですが」
はしごを登った先の船内は機体格納庫を経て階段を上がって中央通路に。居住フロアの途中にあるカフェテリアに通して話を聞く。
「ご覧のように当社は二機のアームドスキンを保有しています」
シーリングロックという特殊な搭載方式の二機の機動兵器を見上げていた。
「彼女も乗るのか? メディカルと聞いた気がするが」
「いえ、今は出掛けておりますがもう一人パイロットがいます。クーファは戦闘要員でなく医療担当で間違いありません」
「クゥは身体の面倒見るだけぇ」
早速ジュースに手を伸ばす少女。
「他の乗員は?」
「三名のみです。船体運用全般はAIに任せていますので」
「詳しくはないが、それで可能ならばそうなのだろう」
航宙関連は彼らのような小規模事業者が少なくない。大企業もなくはないが、どうしても巨体は意思決定が遅くなる。臨機応変さが求められる宇宙が仕事場であれば人間の役割は主に非常時対処となる。そういう意味で小規模事業者のほうが小回りが利くのだ。
「現状はボディガードをお求めだと思いますが、背景がわからなければアームドスキンの使用も契約に入れるべきなのか判断できません。お決めになられます?」
尋ねると、ワイアットは思案する。
「話せる範囲のことは話そう。そのうえでどのレベルまで必要か助言がほしい」
「承りました。当社は星間管理局籍をお預かりしております。範囲が国外に及ぶ場合も対応できますのでご参考までに」
「活動範囲は及ばないと思うが問題そのものは国際的なものだ。データなどを参照しつつ聞いてほしい」
複雑な国家の事情が関係するらしい。
「我が国メーザードはゼオルダイゼ同盟に含まれている。ご存知か?」
「簡単にしか。……大国ゼオルダイゼを中心とした安全保障上の同盟とありますね。他にはホーコラ、アデ・トブラ、ウェンディロフといった近隣国家も含まれているとのことですが」
「間違いない。そのゼオルダイゼ同盟は同盟国がなんらかの原因で戦争状態に陥った場合、軍事的援護をする互恵関係なんだ」
星間銀河圏でもそう珍しくはない。幾ら距離が離れていようと独立独歩といく惑星国家は少数派。経済基盤が弱く、独自に十分な軍事力を持てない国家が多い。そこで求められるのが軍事同盟。単体で無理ならまとまりで勝負するという考え方である。
「それって危なくないのぉ? 他の国も戦争に巻き込むかもしれなくてぇ」
クーファの言うことももっともである。
「つまり、自分は同盟に入ってるから戦争を仕掛け放題という意味ですね? 攻撃された場合に発動する集団的自衛行動に限るべきだと」
「そうしないと同盟が大きいほうが強いってならなぃ?」
「軍事同盟が集団的自衛権を推し進めたものであっても機能は同じなのですよ。現代では外交上こじれた場合において生まれるのが戦争であって、侵略を意図したものは星間管理局によって阻止されます。なので、実質的に集団的自衛権の範囲に収まります」
優秀な統制機関によって情報管理されており、滅多な目論見はすぐに看破される。
「なら軍って要らなくないのぉ?」
「ところがそうでもありません。近代戦争は主に突発的衝突や経済紛争に起因します。その場合、星間管理局は関与を控えます。仲裁なども行いますが、星間法に抵触しなければ戦闘停止を強制することもありません」
「そっかぁ。国同士の喧嘩みたいなものぉ」
クーファが近年、星間銀河圏に加盟した国家の出身であると説明を加えておく。国際的な事情にも明るくないので教えつつ話を進めなくてはならない。
「宗教的対立とかもぉ?」
危険性を示唆する。
「宗教的か。最近は概して聞かんな。あるとすれば、半ば洗脳するようなカルト的な商業的背景を持つものが多い」
「広く信じられる宗教って、もう星間銀河圏の文明にマッチしてないと思っています。宗教の根本にあるのは死への恐怖でしょう? その主たる原因だった病気というのが大部分克服された現代では流行らない」
「なるほど、病死よりも事故死のほうが上の現代では救いを求める方向が違うか」
統計が物語る。
「事故死の克服には思想よりも機構です。文明の進化のほうが予防に向いているのは誰もがわかること」
「その他の不幸も法的整備が進むほうが効果的となれば信心はおざなりになっていくな」
「それで、下火になっていっちゃったんだぁ」
彼女たちレジット人にはまだ宗教文化が根強いという。それは誰にでも訪れる病気という避けがたい奇禍から身を守りたい願いが定着したものであろう。
「対立原因を一つひとつ排除していった星間銀河圏の加盟国民は今や、話し合いで解決しがたい文化的経済的問題を軍事的な勝敗で決着する形式ができあがってしまっています」
むしろ単純化してきているといえよう。
「やはり安全保障上の同盟があったほうが国益が守りやすい。そういう考えからゼオルダイゼ同盟に参加したのだが、逆に我が国の発展の足を引っ張りはじめていてね」
「少し見えてきました」
「わかるかね?」
ルオーはワイアットが国際問題だと言及した原因がなんとなく読めてきた。
次回『千里の道を(5)』 「どうして損する人を選んじゃうのかなぁ」




