千里の道を(3)
二人はルオー・ニックルとクーファ・ロンロンと名乗った。ともに民間軍事会社『ライジングサン』のメンバーで青年がパイロット、少女がメディカルだという。
「ワイアット・クスタフィンさん、大統領府広報官ですか。人目に触れやすいポジションではありますが、殊更恨みを買うほどではないはずですね」
コミュニケーション用の簡易プロフデータを交換した。
「国民だとて、すべての政策をあなたが決めているのではないと当然知っています。むしろ、深く関与できるほど要職ではないのも」
「承知している。ただ、私の口から出ることで槍玉に挙げやすいから騒ぐ一部の者を除いて。もし、本当に監視されているとしたら……、別口だろう」
「言いにくいことですか?」
口ごもると察してくれる。
「あまり風聞の良いものではないのでね」
「わかります。では、このお店を紹介いただけたお返しだけしておきましょう」
「それは、どういう?」
それぞれに支払いをして席を立つ。店を出て、大通りに戻って少し歩いたところでルオーは無造作に脇に吊るしていたハンドレーザーを抜いた。
「関係を確認もしないうちに僕やクゥを狙うのが面白くないんですよ」
「ルオー君?」
ワイアットの耳には小さな「パッ、パッ!」という音だけが届いた。
◇ ◇ ◇
スナイパーはターゲットがひと所に留まったとの報告で狙点を作る。カフェテリアで休憩するターゲットを含めた三人の人物をスコープカメラの視野に収めた。
(呑気にお茶してるとはね。お前らなんぞこの指先一つであの世行きの運命だってのによ)
報酬が良いのでそうはやめられないが過酷な稼業である。一度ターゲットの狙撃態勢に入れば動けなくなる。それこそ何時間でも。
(動いたか)
狙点から外れるまでは追尾する。外れたら移動だ。衛星の光学ロックオンに従って次の狙点を選ぶ。接触者リストは自動でユーザーに流れているだろう。
(うん?)
眠そうな目の青年がこちらを見た気がした。
(そんなわけ……、なに!?)
青年の片目をσ・ルーンから生まれた小型望遠パネルが覆っている。自然な動作でハンドレーザーを抜くと向けてきた。その瞬間に彼の肩を灼熱が襲う。
「ぐぅっ!」
スナイピング用ハイパワーガンから身を引く。その瞬間に今度はハイパワーガンが赤熱しバッテリーが破裂した。
(そんな馬鹿な! あそこから700m以上はあるんだぞ? あんな近距離制圧用の武器でここを狙えるわけが……)
しかし、肩を撃ち抜かれたのは事実である。狙撃銃も破壊された。彼は一瞬にして仕事の術を失ったのである。
(くそ)
ターゲットに存在を覚られた事実と溶解した狙撃銃の回収をユーザーに依頼するしかなかった。
◇ ◇ ◇
ワイアットにはルオーが空に向けて発砲したようにしか見えなかった。青年は再び自然の動作でハンドレーザーを脇に収める。
「当面、狙撃される心配はありません。次の手配に時間が掛るでしょう」
狙撃者がいたと知らされる。
「まさか、そこまで?」
「あなたが知っている陣営の中には危険視している者がいたというだけです」
「あ、ああ……」
(恨みを募らせている自覚はある。しかし、殺そうとするまでか)
恐怖よりも落胆が強い。
(良かれと思って行動しても、彼らにとっては邪魔でしかないのか。僕は早晩、消される運命でしかないのかもしれない)
志半ばで倒れるのは不本意である。しかし、頼るべき師は変節した。ほぼ孤立無援の状態である。自暴自棄に本心を打ち明けようとすれば即座に排除されるだろう。
「最初の一歩さえ踏む出すのも叶わないとは」
絶望を吐き出す。
「如何します? ライジングサンの仕事ぶりをご覧になって本格的に警護依頼をなさいますか? でしたら危険は排除してみせますよ?」
「警護依頼? そうか。君たちはそういう仕事をしているんだったな」
「ええ、お安くはありませんが命の対価というのならばそうお高くもありません。事情をお話していただけるのでしたらケアも充実しております。このとおり、僕はアームドスキンパイロット。軍事力としても十分かと」
売り込みをしてくる。
「あきらめるのはまだ早いって意味だろうか、この出会いは。どうせなら最後まで足掻いてみようか」
「僕にはあなたが誠実そうに見えています。少なくともこのまま失ってしまうのは惜しいとも思っているのですよ」
「わかった。詳しい話を聞きたい」
気が変わる。先刻までの絶望感は薄れてきていた。それなりの備えをして、命を投げ出す覚悟さえあれば彼の念願は世間に届くのかもしれない。
(例えレイア様に見捨てられようとも、この願いは間違ってはいないはずなのだ。ならば行動しないでどうする)
せめて一矢なりとも報いたい。
「では、僕たちの船に。そこでならどんな話ももれることはありません」
「なるほど。航宙船ならば防護は完璧だな」
「その前にもう一件寄ってもいいですか?」
「意外と適当だな!」
彼らと接していると肩肘張っているのが馬鹿らしく思えてくる。
(袋小路に陥った私でも壁を打ち破る力を持てるのだろうか?)
ワイアットはピコピコと視界を揺れ動く水玉ウサ耳に肩をすくめた。
次回『千里の道を(4)』 「なら軍って要らなくないのぉ?」