明るい道へと(9)
瞬く間に減じてしまった彼女の部隊。その結果に舌を巻く。原因であるレモンイエローの派手なアームドスキンはレンティンのザイーデンまであと僅かの距離。
「近づけさせるか!」
「ルオーの足元にも及ばないじゃん。この程度のスナイパーじゃオレに傷一つ付けることは適わないさ」
前に出た直掩機がビームランチャーをブレードで薙がれ、反対にビームを浴びせられて後ろに跳ねる。孤立したレンティンを誘うようにゆったりとブレードを差し出してきた。彼女は同じくブレードを合わせて応じる。
「つかの間の楽しいひと時を捧げましょう」
「紳士ね。やってることは大胆だけど!」
噛み合うブレードの一撃の連なりが感じさせる。パトリックと名乗った男のダンスにはレンティンでは見合わないと。滑った剣先が流れて背中を向けてしまう。
「オレの腕の中でお眠り」
「優しい言葉で誤魔化さないで」
背中を突かれてレンティンのコクピットに撃墜判定の文字が踊った。
◇ ◇ ◇
それはまさに疾走だった。ルオーのルイン・ザは大地を蹴って猛然と駆けていく。とてもザイーデンでは追いつけない。ミアンドラは反重力端子出力を100%にして機体を浮かせるとスラスターで加速して必死に追い掛ける。
「ルオー!」
「そのままで構いませんよ」
指揮官のエスメリアの居場所に向けて一直線に走っている。無論、気付いたカーデル家の隊機が殺到してくる。
「このままだと……」
「ご安心を。僕はスナイパーですが、広義ではガンシューターでもあります」
両手のビームランチャーが火を吹く。一射はビームを迎撃してプラズマボールを作り、一射は近づこうとしたアームドスキンに直撃する。ルイン・ザの砲口がひるがえる度に敵機が数を減らしていく。
(全力疾走しながらこんなすごい狙撃を? そもそも走る速さが尋常じゃないのに)
背中に張り付いているのが精一杯である。
押し留めようと迫ってくるアームドスキンの群れが複数。ルイン・ザは疾走速度のまま地面と水平にジャンプ。錐揉みしながら連射を放つ。その全てのビームが迎撃と攻撃を兼ね備えていた。
(ああ、道が開く)
ミアンドラには見え始めていた。
(旭日が示す勝利への明るい道が。わたしはそこを辿るだけでいい)
カーデルの隊機はおおよそ片づき、森を抜けたところでエスメリアのザイーデンが待ち受けている。潔くブレードを抜き放った。
「よくぞここまで!」
喜びを含んだ声音だった。
「では、仕上げです」
「貴殿か!」
「ミアンドラ様、行きますよ」
走る速度は落とさないままに突進する。右手のビームランチャーが照準して一射。リフレクタを跳ね飛ばす。今度は左手の一射がブレードを撃ち抜いて弾いた。返す右手はすでにエスメリア機の真ん前だ。
「素晴らしい」
頭部を撃たれて仰け反るザイーデン。
「今です」
「うあああぁあー!」
「ここまで来たか、ミア」
成長を喜ぶ姉の如き声音でエスメリアが告げてくる。ミアンドラはなにも言わずルイン・ザを飛び越えて肩口から斜めに斬り落としていた。カメラアイが赤く染まり彼女の勝利を教えてくる。
「か、勝った」
「はい。お疲れ様でした。では、戻りましょう」
当然のように言うルオーの反応がミアンドラにはもどかしかった。
◇ ◇ ◇
渓谷の上に着地して降機すると小さな少女の身体が飛びついてきた。それほど重くはないのだがルオーは尻餅をつく。
「あなた、最高よ、ルオー」
「約束したではないですか、最大限の努力はすると」
「あんなのどうして信じられ……、ううん、心のどこかで信じてた。だって、わたしったらほんと素直すぎる子どもだったもの」
ミアンドラは自身を認めている。少女の中に十分な変化があったのであろうと推察できた。
「やはり貴殿か、ルオー」
傍に着地したザイーデンから美形の令嬢が降りてきた。
「我が陣営に来い。報酬は思いのままだ。来年は最後の観兵試合をぜひとも優勝で飾らねばならん」
「駄目よ、エスメリア。ライジングサンはまたわたしと契約するの。絶対に譲らないんだから」
「そう申されましても、まだ来年の予定は組めませんよ。なぜか色々と忙しくて」
弁明する。
「予約する。幾ら積めばいい?」
「だから駄目だってば。このあと、わたしと来年分の契約を交わすの」
「なかなかそうもまいりません」
立ち上がったルオーは少女の身体を下に降ろす。微笑みながら告げる。
「ミアンドラ様、あなたは本年度の優勝者です。来年と言わず、明日からでもあなたの配下に入りたいという国内有力企業が現れるでしょう。これから一年、その方たちと連携を深めておけば来年も優勝が狙えます」
一番の得策を勧める。
「でも、ルオーじゃないと」
「ライジングサンはいつでも依頼を承っております。もし、手が空いていればあなたの下にも駆けつけるでしょう。お約束はできませんが」
「きっとよ」
涙ぐむ少女の頭を撫でる。
「オレは必ずや駆けつけますよ、エスメリア嬢?」
「貴殿か。うーむ、ライジングサンのセットでなければな」
「いや、そこはいいじゃん」
(いつの間にか繋がりが増えていく。これをしがらみと感じるか縁と思うかは僕次第なんだろうなぁ)
「まずは家にお客として来なさい。お父様も見ているから大丈夫」
「はぁ」
「スイーツを奢ってくれる約束でしょう? その間に説得してみせるんだから」
「なに? それは聞き捨てならん。私も誘ってくれたまえ」
両側から引っ張られてどうすればいいかわからないルオーであった。
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