明るい道へと(8)
「やあ、レンティン、今年も君との一騎打ちか」
「わかりきってたことでしょ、エスメリア」
ピルデリー家とカーデル家の事実上の決戦が行われようとしている。ミアンドラはライジングサンの二機に追随しながらも予想どおりの結果だと思っていた。
「ロワウスも残ってるわ、びっくりだけど」
「そうだね。でも、配下はほとんど墜ちたとの報告だよ」
「だったら、ものの数ではないわね」
(思うでしょうね。わたしだってそう思うもの)
強豪二家を相手になにができるという。
すでに霧の晴れた峡谷で二つの勢力が対峙している。遮蔽物を利用し、じわりじわりと兵を進める両者。砲撃戦が地味ながらも拮抗する実力を物語っている。
一方、渓谷の上にも時折り隊機が上がっては配置を把握しようと偵察の目を飛ばそうとする。そちらでも互いの偵察機を認めては撃ち合いになり降りていく展開。
「数が減るまで待っているのが得策だと思うの」
考えを述べる。
「ですが、あなたがひそんでいるのを察知しています。あちらはいつ乱入してくるか待ち受けている状態ですよ?」
「だからってどうするの? もう一回霧作戦?」
「やらせてくれませんね。次は狙われる」
時間が掛るのも事実。
「打つ手なしじゃない」
「なぁに、このくらい正面から突破できるさ」
「大言壮語もいいとこよ、パトリック」
二家の手勢が思ったよりも残ってしまっている。あの霧の中でも巧妙に振る舞って他家だけを排除したらしい。
(そんな手練れを向こうに真正面から? 無理だわ)
足掻いたところで知れているとミアンドラは思う。
(これまでの部隊とは格違い。前衛がパトリック一人では確実に抜かれる。幾らルオーが優秀なスナイパーでも飽和状態を作られて終戦だわ)
「どちらにします?」
「エスメリア嬢は森の向こうにどっしりと構えてるな。ちょっと重いか。それに動き回って撹乱するならレンティン嬢のほうがやりやすいか」
「では、それで」
二人で打ち合わせている。まさか、本当に正面突破を図るつもりだろうか。三つ巴の戦況で指揮官機狙いにしても大胆にすぎる。
「ちょっと、そんなの無理」
「これはあまり公言したくないんだけどさ、オレ、本気で勝ちに来てるルオーに一度も勝ったことないんだよね。頑張っても引き分けに持ち込むのがせいぜいだった。そういうこと」
「そういうことって」
言い残してパトリックは飛び出していく。ビームの行き交う戦場にレモンイエローの鳥が羽ばたくが如く。
「では、ついてきてくださいね」
「え、ついてくって?」
ルイン・ザがスナイパーランチャーを背中に格納する。代わりに腰のビームランチャー二基を手にして踏み出した。
ミアンドラは呆然としながらも追うしかなかった。
◇ ◇ ◇
「やあやあ、熱戦中のところ申し訳ない。オレも一口噛ませてもらおう」
「君はあのときの伊達男くんですわね?」
レンティンは声で気付いた。
「オーディション会場でミアンドラが拾い物をしたとは耳にしてたけど君だったとは。売り込みしただけの実力は持ち合わせていたみたい」
「さて、レンティン嬢、これからあのときの選択を後悔するお時間ですよ? ダンスの相手をお願いしたい」
「残念だけど引く手数多なのですわ。まずはライバルを蹴落とすところから始めてくださらない?」
隊機が目立つ機体に殺到する。
(あれがアームドスキン『カシナトルド』。星間銀河圏でも最新鋭中の最新鋭機。性能差は歴然としているとしても、こんな狭い場所で多数を相手にどこまでやれるのかしら?)
カーデル家の隊機を牽制しつつ様子を見る。
エスメリアや彼女クラスともなれば自隊のパイロットにそう劣らない実力を持っている。直掩のフォローを受けながらであれば五分に戦える。
「少しやりすぎた。ここで墜ちてもらう」
「そうはいかんよ。こっちはオレの担当なんでね」
(担当?)
確かにミアンドラのザイーデンの姿が見えない。
(だとしたら、あの眠そうな顔の男が残ってる? スナイパーと噂に聞いたけど、孤立してたら丸裸みたいなものだわ)
動きがあったか、カーデル家の部隊の所属機が慌ただしく後退していく。不審に思うが、逆にいえばたった一機で突っ込んでくるなど彼女の敵ではなくなった。
「さあ、どこまで踊れるのかわたくしにお見せなさい」
「もちろん。オレのダンスに酔いな」
虫の翅のような重力波フィンが優雅にひるがえると機体はするりと旋回する。連発音を響かせる隊機のアームドスキンが無粋に見えてきた。
振りかぶるブレードがカシナトルドの装甲をかすることも適わずすり抜けていく。配下の機体はすれ違いざまに軽く振り抜いただけの剣閃に自然と吸い込まれるかのように撃墜されていった。
(この男、口だけではなかったわ。厳選したデクターズのエース級がこうもあしらわれるとは)
みるみる迫ってくる。
「そろそろ、君の美しい顔を覆うベールが剥がれてきたけど準備はいいかい?」
「そうですわね。頑張りに免じてダンスくらいはお相手してさしあげようかしら」
「気づけば唇を差し出しているかもしれないよ?」
歯の浮くような台詞を紡ぎ出しつつカシナトルドがレンティンに近づいてきた。
次回『明るい道へと(9)』 (ああ、道が開く)