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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
正直者は馬鹿を見る
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明るい道へと(6)

 伏せ撃ちの姿勢になったルイン・ザがビームを発射する。谷底を一直線に進んだビームはなにかに当たったわけではない。しかし、大きく水を巻き上げていた。


(水? あ、川)

 さほど水量の多くない川だが、渓谷全域を流れているのをミアンドラは思い出した。


 ビームの衝撃波で巻き上げられた川の水は飛沫となり、さらにはその熱で湯気と化す。ルオーがくり返し発したビームの影響でその湯気は量を増していき、ついには峡谷の底を満たすに至った。


「見えないわ。ターナ(ミスト)でレーダーが通らないうえに視界まで閉ざされたら」

 目を奪われたも同然である。

「そう、皆がまともに見えない状態でしょう?」

「おーお、見事に80mくらいまでは霧に閉ざされたな」

「互いをろくに認識できない状況です。ただし、衝突を促進するために相互の指揮官機の位置だけは広域レーザーデータで発信されています。こうなれば集中攻撃された状態を逆手に取れるでしょう?」


 他家の部隊がミアンドラのロワウス家部隊が与し易いと狙えたのはそのレーザー発信の所為。しかし、霧に満たされた峡谷の中で遠距離から認識できるのは相互の指揮官機の位置だけとなってしまった。


「それで罠に掛ける? 少ない手勢を効率よく運用するように?」

 ミアンドラはようやく気づいた。

「ええ、指揮官機の傍に配下の部隊機がいるとはかぎりません。それはお互いに同条件です。峡谷にいる誰もが迂闊に動けなくなったでしょう?」

「さっき、そのためのこの位置って言ったわよね? もしかして、ルオーはこの状況を作るべくあの位置に向かっていたというの?」

「もちろんです」


(戦闘開始から、それどころか、あの偵察のときからこの作戦を勘案してマッピングしてたってことよ? それってとんでもなく……)

 凄まじいまでの作戦立案能力だった。


 スナイパーは場作りに細心の注意を払う。そのために戦術を核とした作戦立案するとパトリックは言っていた。その結果がここに表れたのだ。


「じゃあ、分散する?」

 彼の企図するのが罠だとすれば過程はそうなる。

「はい、随伴するのは僕だけにすべきです。他の方はあなたを狙ってきた敵機を攻撃させる遊兵にするのが最適と思いませんか?」

「ここまで徹底して地形を利用するなんて」

「用兵とはそういうものですよ。自らを有利に、敵手を不利にするためにはどんなものも利用するのが是です」


 今の状態は多少の戦力差を帳消しにするもの。自隊が数的不利に陥ったときはなにをすると決めて行動していたのだろう。


「とはいえ、時間は無限大ではありません。この峡谷は地形から緩やかながら風が吹き抜けます。霧が晴れる前に動くが吉ですよ」

「そうね。じゃ、ルイン・ザを残して各機遊撃して。位置は任意に」


 指示を出して遊撃させる。彼女のザイーデンは的になって動くだけだ。


(でも、この状態だとさすがのルオーもビームを迎撃するなんて離れ業は使えないはず。どうするつもり?)

 ミアンドラには理解が及ばない。


「ルオー、大丈夫?」

 不安が口からもれる。

「こんな状態だからこそこちらが有利なんですよ」

「そうかしら」

「怖いですか?」


 怖い。相手から見えているのはミアンドラ機だけなのだ。間違いなく集中攻撃される。事実、狙撃を受けた。


「来た!」

「来ましたね」


 霧を割いてビームの青白い光が走る。ルオーは冷静にスナイパーランチャーを向けて応射した。


「向こうからはミアンドラ様の位置がわかっています。ただし、1mm違わずではありません。おおよその位置だけ。スナイピングショットに足らない情報量です」

 ルイン・ザのビームも霧の向こうに消えていく。

「そして、撃ってくれば確実に射手の位置は判明します。スナイピングショットに足るくらい正確な位置が」

「当てられる?」

「ええ、僕なら」


 実際に同じ位置からの狙撃は途絶えた。ルオーが狙点を見定めた応射で撃破したのだ。


「そんな手を」

 驚くほど計算されている。

「でも、もし一撃目がわたしに直撃したら?」

「そのときは終わりです。僕の賭けが失敗します」

「わたしを勝手に賭けの的にするなー!」


 ツッコみつつも愉快になってくる。現実問題、レーザー発信で送られてくる位置データだけで狙撃を成功させるのは、川底に沈んでる石の一つを正確に射抜くようなもの。ほぼ当たらないと思っていい。そして、撃ってくれば射手の位置は丸裸となる。


「すみません。謝りますから。今度、街で発掘した最高のスイーツをご馳走します」

「絶対よ」


 頼もしいモスグリーンの背中についていくだけで勝利への道を歩いているような気さえしてくる。彼女はあのオーディション会場で川底に眠っていた宝石の原石を射抜いたのだ。


「さあ、どんどんいきましょう」

「ええ、急がないと」

「そいつは困るんだよな」


(え、今の声? 確かコリト・ノガの隊長の?)


「悪いが指揮官殿にはここで退場してもらう」

「あなた、裏切ったの?」

「裏切ってないぜ。俺は最初からとある人にあんたと契約するよう雇われてたってだけだ」


 ミアンドラは騙されたという事実に愕然とした。

次回『明るい道へと(7)』 「オレの出番でしょ?」

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