険しい山越え(5)
ミアンドラの父ボードル・ロワウスに先導されて書斎へ。ともに国軍観兵試合の警備計画を打ち合わせる予定の副官と名乗る男も一緒に室内へと入るが無言であった。
「さっきのは、そのままの意味かね?」
デスクに着いたボードルはソファーに掛けたルオーたちに向けて尋ねる。
「ええ。もし、閣下が娘さんを勝たせたくないのであれば我らも手控えするという意味です。御家の教育方針を妨げるつもりはございません」
「君らがその気になれば娘が良い成績を残せると聞こえるが?」
「少なくともミアンドラ様に恥辱を味わわせるまではいたしません」
自信を問われて返す。
「そうかね」
「なので、お心内を聞いておきたいと思っていました」
「ふむ」
氏は考え込む。やはりボードルの差配は意図的なものだとわかった。
「我が家ロワウスには軍事的才覚を持つ女子は生まれないものと思ってきた。まともな器を示した者が史上一度も現れたことがなかったからだ」
内情から始まる。
「だから、私はあれを自由にさせた。自ままに生きればよいと求めるものだけ与えた。自然、真っ直ぐに育ったものだ」
「ええ、人を疑うことを知らず素直ですね。お嬢様は正直者を絵に書いたかのようです」
「心配になるくらいにな」
パトリックも苦笑いする。
「すると、どうだ。いつの間にか才気走る軍閥の娘の一人になっていた。驚いてな。どうしたものかと思ったよ」
「知識は足りませんが将来を感じさせてくれます」
「ずけずけと言う」
ルオーのあけすけな物言いを寛容に受け止めてくれる。語り口を聞いていて大丈夫だと思ったのだ。間違いなく二人は同じ血を持つ父娘である。
「このままではいかんと思った。軍閥ひしめく場など魑魅魍魎の巣のようなもの。正直者など放り込めば瞬く間に潰される」
彼はそういう場所で生きている。
「鍛えなければいけないと思われましたか。まずは失敗から学ばねば、と?」
「貴殿の言うとおりよ。まだ間に合う。若い内に苦労しておけば、真っ直ぐであっても強健な幹に育とう。もし、ここで折れ朽ちるようならそこまで」
「厳しいですね」
ボードルは「それくらいでなければ生きていけん」と返してくる。
「ですが、ただの失敗で終わらない可能性もありますよ? あなた様が感じた才気を御学友も感じている。強硬な手段で速やかな排除を試みるかもしれません」
「再起不能なまでに潰しに来ると?」
「そういう世界でしょう?」
氏は目を伏せる。思うところもあるのだろう。一息ついで鋭い視線を向けてきた。
「なので当日立ち会える位置に志願したのだ。最悪の事態は止められる所から見守ろうと思っておる」
厳しめだが父親の顔だ。
「つまり、挫折を味わうまでもない。現実を知ればよろしいとお考えなのですね?」
「そうだ。厳しい世界なのだと理解が及べば、これからどうすべきかは自ら考えるであろう」
「お信じになっている? でしたら、結果はどうあれ学びの場になります。 我々は控えるまでもない」
氏の口元が少し緩む。
「貴殿が連れていくと。どこへ連れていくつもりかね?」
「明るい場所へ」
「そうか。私の手出しは不要か」
ボードルは情報パネルを出して時折り目を走らせている。彼らのことを調べているのだろう。
「ずいぶんと買ってくださっている?」
娘を任せる気構えと受け取った。
「私も政治に携わる者の端くれだ。星間管理局籍を持つ民間軍事会社の意味くらいわかっている。わずか二人でそれをやる意味もな」
「そちらの信用でしたか」
「士官学校の教官たちには少し厳しめに言っておかねばならんか。貴殿らのような存在を見落とすようでは将来が知れる。目も鍛えてもらわねばならん」
腕組みして思案している。
「それほどでは。僕たちはしがない零細事業者ですよ」
「よくも言う」
「少々面倒な依頼も請けているだけです」
時間を割かせた自覚のあるルオーは出されたお茶だけいただいて席を立った。
◇ ◇ ◇
国軍観兵試合の当日、ミアンドラが待っていると試合場上空に鮮やかな黄緑の戦闘艇がゆっくりと入ってくる。側面には旭日のエンブレムとライジングサンのロゴが描かれていた。
(ゆっくりね。ルオーが寝坊したんじゃない)
いつも眠そうな青年の顔が浮かぶ。
見ていると、側面に発進スロットが開き真横にアームドスキンが吐き出された。うつ伏せ姿勢だった機体は足を下に降ろし、ゆったりと降下してくる。彼女の傍に静かに降り立った。
「まったく派手な連中だ」
後ろでコリト・ノガ社のパイロットが吐き捨てる。
「なんて軽薄な色使いだよ。まるで狙ってくれって言ってるみたいだ」
一機はレモンイエローベースにオレンジの縁取りが眩しさを感じさせるほど。目立っては困る機動兵器のはずなのに、あえて目立つ色合いを使っているのが軽薄に見えるのだろう。
(あれは、たぶんパトリックの機体ね。伊達男らしい選択だわ)
少し笑いさえ込み上げてくる。
もう一機は逆に目立たない彩色だと言えよう。暗い緑色であるモスグリーンにところどころ黒いラインが施されている。スナイパーであるルオーが乗るのにふさわしいと思った。
「待て待て。おい、あれって!」
「嘘だろ? 戦闘ボードの登録が間違ってなきゃ……」
絶句している。
(戦闘ボード? 星間銀河圏の兵器情報共有ボードのことよね?)
ミアンドラは何事かと耳を澄ませた。
次回『明るい道へと(1)』 「偶然だ、偶然。馬鹿らしい」