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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
正直者は馬鹿を見る
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険しい山越え(4)

 激しく打ち合わせるとウレタンスティックの表面に貼られた合成皮革が破裂音のような音を立てる。合成皮革の下の層はその名のとおりウレタンで中に軽量強化プラスチックの芯がある。


「こいつ」

「息巻いてたわりに大したことないじゃん」


 パトリックの剣捌きに押されて下がる男。隊長格の男に指図されて勇躍出てきたが、攻勢に転じる隙もなく圧倒されていた。


「抜かせ」

「頑張りなよ。オレは顔だけじゃなく腕もいいんだぜ?」

「この野郎が!」


 吠え声は勇ましいが中身はない。くるりと巻き取られたウレタンスティックが男の手から離れてしまう。鼻先に突きつけられて動けなくなった。


(パトリックってもしかして案外スゴ腕? 簡単に蹴散らしちゃったわ)

 ミアンドラは驚きを持って見つめる。


 相手が大勢でも怯む様子もない。その後も数名を翻弄して、余裕綽々の態度でウレタンスティックで肩を叩いている。


「おいおい、自分からけしかけといてユーザーに恥かかすようじゃ駄目じゃん」

「てめぇ、ただじゃ済まさないぜ」

「上等、上等」


 隊長格の男が出てくる。図太い腕を見せつけるようにウレタンスティックを握ると風切り音を立たせて振り回す。ゆったりと構えていたパトリックは軽く合わせただけで身体をずらして躱した。


「避けてるだけならすぐに捕まえちまうぜ」

「そうかい? やってみればいい」


 派手に踏み込んでくる隊長格の男だったが、その打ち筋がパトリックを捕らえることはない。のらりくらりと躱され、あまつさえ打ち出し際を叩かれてつんのめる始末。からかわれているというのが正しいだろう。


「このっ!」

「そのくらいにしときなよ。生身だから加減してるだけで、アームドスキン戦闘でなら何回でも斬ってる。あんた、とっくに死んでるぜ?」

「でかい口叩きやがったな? 本番で目にもの見せてやる」


 それ以上追い掛けても無駄と覚ったか手を引く。ここでとことん負けるとメンツを保てないと覚ったようだ。


「呑気にしてんじゃねえ。眺めてる暇はねえぞ」

 腹いせか、下っ端がルオーにもウレタンスティックを投げつけてくる。

「いや、僕は専門外なんで」

「そんな言い訳で許すとでも思ったか!」

「思ってませんから」


(落ち着いてる。もしかしてルオーも強い?)

 期待に胸が膨らむ。


 手に持っているウレタンスティックが一撃で叩き落される。そのあと、強かに頭を殴りつけられていた。


「痛いですよ。専門外って言ったじゃないですか」

「おい、お前、弱すぎじゃね?」

 殴ったほうが呆れている。

「やめてくれよ。相方は体技がさっぱりなんだから」

「本気か、色男? バディは選べよ」

「そうは言ってもね、人には向き不向きがある」

「いや、パイロットに不向きじゃ話になんないだろうが!」


(ポンコツだった……)

 ミアンドラは落胆する。

(ルオーって頭脳労働専門? 砲撃支援しながら敵情監視とかをするタイプ?)


 パイロットというのはある程度体技に優れているものだ。それはアームドスキンの操縦に用いるσ(シグマ)・ルーンシステムに起因する。普段からσ・ルーンに動作学習させているからこそ、コクピットでも機体に再現動作をさせられる。

 そういう彼女だとて指揮官機に搭乗する立場としてそれなりに体技を習った。自らも習得するとともに、σ・ルーンの学習も進んだからこそアームドスキンに乗れる。指揮官機は全くのお飾りではない。


(戦術面のサポートをするだけの役割だったんだ)


 とうのルオーは頭を打たれた痛みで涙目になってクーファに慰められていた。多勢に無勢のパトリックを助けようともしなかったのが不可思議だったが、生身ではなにもできないでは役に立たない。

 脇に下げているビームガンを抜くわけでもない彼を笑い者にしてパヴァリーの部隊は身を引く。少なくとも一人は弱いと確認できたことで安心したのだろう。


(そのつもりで作戦立てなくっちゃ)


 ミアンドラは密かにため息を吐き出した。


   ◇      ◇      ◇


 ルオーたちはミアンドラを家の玄関まで送り届ける。すると、扉が開いた向こうのロビーには壮年の男の姿があった。別の男となにかを話し込んでいる。


「お父様、珍しいですね、こんな時間に」

 どうやら彼女の父らしい。

「このあとは書斎で国軍観兵試合の警備計画を練る。なにか用があるなら聞くが?」

「いえ、特には」

「では、明後日は頑張りなさい」


 父娘にしては簡潔な受け答えである。しかし、そこに愛情がないとは見受けられない。父親の目には愛娘を励ます思いが込められていたからだ。


(差し出口かもねぇ。でも、気になるし、この方の思惑次第で多少はやり方を変えなくちゃいけないもんなぁ)

 一歩踏み出す。


「ミアンドラ様、ご紹介いただけます?」

 お願いすると彼女は怪訝な顔をする。

「そう? まあ、いいわ。父よ」

「ボードル・ロワウスだ。君たちかね、娘が新たに雇ったという民間軍事会社(PMSC)のパイロットというのは」

「ええ、お世話になります」

 差し出された手をパトリックに続いて握る。

「娘を頼む」

「わかりました。で、どういたしましょう?」

「……書斎で話す。ミアンドラ、お前は休みなさい」


 意を汲んでくれたボードルにルオーは屋敷の奥へと招かれた。

次回『険しい山越え(5)』 「どこへ連れていくつもりかね?」

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