険しい山越え(3)
ルオーが操縦するエアブラストドローンが谷底を飛ぶ。ミアンドラのσ・ルーンが映すパノラマモニタでは水量がそれほどじゃない川とまばらな緑に彩られた河岸が広がる。
少し進むと大地から盛り上がったかのような森が現れる。高さはあまりない雑木の塊。平均して10m程度の、アームドスキンが中で戦闘できるようなものではない。谷底にあるのはそういった小さな森が点在するだけだ。
「遮蔽物としては弱いですね」
眠そうな青年の声は力ない。
「お前みたいなスナイパーには厄介なステージだな」
「これくらい高低差があると中途半端に逃げ隠れは狙われますので気になりません」
「ルオーってスナイパーだったんだ」
ミアンドラは初耳である。
「うん、ルオはすごいスナイパーなんだよぉ」
「二機編成だから二人ともマルチプレイヤーかと思ってたわ」
「支援のあるなしで動きやすさが違うのさ」
意外と役割分担の固まったバディらしい。単独任務では厳しいと思う。それぞれが孤立すると各個撃破されやすい。警護向きの編成ではない気もする。だが、これで運用できているのだから機能しているのだろう。
「やはり中は狭いですね」
「そこにひそむのは難しいだろ」
ドローンを森の中にも入れている。樹間は2、3mしかなくアームドスキンを入れる隙間はない。飛ぶように去っていく梢の数々に腰が引ける。
(このスピード感に平気でいられるとか、この二人もプロなんだわ)
彼女では突っ込ませて終わりそうだ。
「谷底はわりと平地面積がある。そのへん考慮してのステージ設定なんだろな」
「離隔はまあまああります。それなりに動けそうですよ」
映像内では岸壁の間の距離も自動計測で表示されている。かなり幅があるが、狭いところでも80mくらいはあるようだった。
「では、ざっくりとマッピングして上げましょうか」
「いいんじゃね。こっちでも分析掛けとけ」
5km以上ある谷底を飛び抜けて谷からドローンが上がってくる。見通しのいい地上部分はゆっくりと飛んで森の配置や面積を計測していった。
彼らのところに帰ってきた機体がルオーの手の上に収まる。電源を落とすと再びポーチの中に収納した。ミアンドラも観測内容が記録されているのを確認してコンソールを閉じる。
「引き上げましょうか?」
ルオーが視線を流しつつ言う。
「帰らせてくれればな」
「お仲間ぁ?」
「残念ながら好意的には見えないね」
横に乗り付けてきたのも同じくリフトリムジンである。長い車体からはぞろぞろと十名もの男たちが降りてくる。最後に顔を見せたのは上級生だった。
(一番見たくない顔が……)
ライバル心剥き出しの上級生が登場した。
「パヴァリー・リスカー?」
その名を口にする。
「相変わらず生意気だこと。敬称ぐらい付けてくださらない、ミアンドラ・ロワウス?」
「礼儀をもって接してくる相手なら。あからさまに見下してくる方に払う敬意なんて持ち合わせてないわ」
「口だけは達者ね。観兵試合が終わればその口も噤むしかなくなるでしょうけど」
男たちを従えて気を大きくしている。
「もう勝ったつもり?」
「子飼いの会社も持たないロワウス家になにができるっていうの。まさか、その二人だけで出場するつもりじゃないでしょうね?」
「違うわ。試合にはちゃんと部隊を入れます。今日は都合がつかなかっただけ。用が済んだのなら帰らせていただくわ」
リムジンに乗り込もうとすると割り込んでくる。「そんなに急がなくてもいいじゃない?」と言ってきた。
「要件があるならさっさと済ませて」
告げても挑発的に眺めてくるだけ。
「無理です。彼女も偵察に来たんですよ。試合場ではなく僕たちの腕前の、ですけど」
「ほんと?」
「普通の組織力がある民間軍事会社なら下調べなんて済んでますよ。それなのに人数揃えてきたのは別の理由があるからです」
耳元でルオーがささやく。
数合わせに奔走していた彼女がようやくパイロットを揃えたのを聞きつけて様子見しに来たのだという。あわよくば実力のほうも見定めておきたいだろうか。
「国外のヤンチャ坊主を入れたんですかい?」
隊長格の男が近づいてきた。
「どこの奴か知らないが、このガンゴスリで仕事したいなら筋通しとけよ。レベルは他の国とは比べもんにならないぜ? てめぇみたいに面がいいだけじゃ通用しない」
「そうかい? 『カスタルテ』? 外じゃ聞いたことのない名前だけどさ」
「嘗めた口聞くじゃねえか。教育が必要か?」
フィットスキンのロゴを読み上げたパトリックに噛み付いている。
「おかしな言い掛かりはやめてちょうだい。場外での仕掛けなんてそっちこそ筋通ってないわ」
「お気にしなさんな。ちょっとした心理戦ですよ。PMSCにはこっちの流儀ってもんがあるんでさ」
「勝手言わないでくださらない? あなたも止めたら、パヴァリー?」
上級生は嫌な笑いを貼り付けた表情で後ろに控えている。見るからに止める気はなさそうだ。
「パトリック、無理に応じなくても」
「ま、ここは格好いいとこ見せておこうかな」
伊達男は相手の放り投げてきた訓練用のウレタンスティックを受け取る。
ミアンドラはもう自分では止められなくなっていると悟った。
次回『険しい山越え(4)』 「いや、僕は専門外なんで」