小姫に見込まれる(3)
喜びの小姫ミアンドラ嬢とは対比的に、ライジングサンのお姫様はご機嫌斜めになる。期待していたスイーツ巡りがリスケジュールになったとクーファは頬を膨らませていた。
「まあ、そんなに怒らないでください。まだ、あきらめたわけではありません」
ルオーは猫耳娘にチャンスはまだ残っていると宥める。
「でもぉ、お仕事するんでしょぉ?」
「しますよ。ですが、終わればすぐに発たねばいけない道理はないでしょう」
「軍資金入ったら行くぅ?」
待ちきれないという風情だ。
「ええ、もちろん。それに、目の前には巡るまでもない絶品スイーツも転がっていますよ?」
「そうだったぁ。ここで補充しておくぅ」
「そのためにオーディションに参加したんですからね」
パトリックが「そのためちゃうわ!」とツッコみ、ミアンドラも「糖分補給だったの?」と目を丸くしている。ともあれ、まずはクーファのご機嫌をどうにかせねばならない。
「撫で斬りにしますよ。まず、あちらからです」
「するぅ」
クーファを伴って移動すると、なぜか残り二人もついてきた。
「あとは若い二人で結構ですけど?」
「いや、そんなシチュエーションじゃないだろ。そもそも圏外だし。それよりお前ら二人の恥さらしのほうが心配でならん」
「圏外とは言ってくれたものね。数年後には後悔させてやるんだから」
場外戦が始まる。
「おーおー、せいぜい後悔させてくれ。そのときは膝でもなんでも折ってやるから」
「その台詞、絶対に忘れないでよ?」
「どんと来いだぜ」
すでに礼儀をかなぐり捨てたパトリックに、勝ち気なミアンドラがいい勝負をする。この二人、思ったより相性がいいのかもしれないと思う。
「これも絶品ですねえ。ミルクをしっかり効かせたアイスクリームにほろ苦いチョコレートソースがバランスよく掛けられています」
スプーンさえ美味しく感じるほど。
「そこに深煎りナッツの香ばしさとカリカリ感がたまんないのぉ」
「着眼点はさすがですね。さらに下に敷かれたフレークが、嵩増しだけでなく食感の下支えをしています。深くスプーンを入れたときとそうでないときに差を付けることで飽きさせない変化を生み出しています」
「そこにちょっとだけ酸っぱいフルーツソースを使ってるからぁ。舌を喜ばせる天才なのぉ」
評論が止まらない。
「となると、あちらのチョコレートケーキはどうなのでしょう? 同じテーブルに並べられているのは同じパティシエの手によるものと考えられます」
「見逃せなくてぇ。もう手が止まらなくてぇ」
「どうやら僕たちは危険地帯に入り込んでしまったようですよ、クゥ? もしかしたら二日、いえ三日はここから出られないかもしれません」
「持久戦なのぉ」
会場の参加者は別の目的に注力していて二人の奇行を無視する。有力者は優雅に食事を楽しんでいるが、わざわざ指摘するほど彼らを気にしていない。
「すると、このタルトは? ふむふむ」
「あーん」
猫耳娘が口を開けて待っている。
「どうしたんです? まだまだありますよ?」
「ルオはそこがダメダメぇ。他人の皿に乗ってるスイーツは味が20%増しになる法則を知らないなんてぇ」
「それは本当ですか。事実なら学会報告レベルですよ」
「証明するのぉ」
あきらめないので、ルオーはスプーンをその口に突っ込んだ。
「ほら、見ろなのぉ」
「興味深いですね。で、なにしてるんです?」
「あ……、その、本当なのかと思って」
横でミアンドラまでもが口を開けて待っていた。
(うらやましくなってしまったのかね)
年齢なりの反応が微笑ましい。
恥じ入ってもじもじするのが非常に可愛らしく、ルオーはチョコレートケーキをフォークで切り分けて放り込んだ。頬を緩ませるのは美味しさゆえか、普通に付き合ってあげたのが嬉しかったのか。
「検討の余地あるわね」
「君まで乗るのかよ」
パトリックは呆れている。
「お遊びよ、お遊び。少しくらいいいじゃない。同年代の子はどんなふうにしているか気になったの」
「なにを言っているんです? クゥはミアンドラ様よりずいぶん年上ですよ。僕たちと変わりません」
「嘘……」
別の意味で開いた口が塞がらない。
身長は確かに同じくらい。外見年齢は人類種と獣人種で比較するのは難しいだろう。少女が勘違いしても変ではない。
「そんな年上なのにこの幼さなの? それって大丈夫?」
「幼くないもん。クゥは大人だもん」
「く……」
物理的に胸を張られるとその差は歴然としてしまう。
「どうせ嵩上げしてるんでしょ? わたしだってフィットスキンを着ればそのくらい」
「ふふん、なのぉ」
「胸ばかりに栄養取られて発育不全なんでしょ!」
やや、クーファのほうが大人の余裕を示す。
「まあまあ。ミアンドラ様はまだこれからですし、クゥも軽くて持ち運びしやすいし、いいとこだらけではありませんか」
「誰が幼児体型よ、誰が!」
「お持ち帰りしやすいほどクゥはお尻軽くないもん!」
一転して二人に責められる。
(女性の喧嘩を仲裁するほどの無謀はないと知っていたのに油断したなぁ。小さくとも女性は女性なんだ。そういうとこはパトリックを見習わないといけないね)
ルオーは仕方なくスイーツを放り込む作業で二人のレディを黙らせるしかなかった。
次回『小姫に見込まれる(4)』 「ミアがお持ち帰りされるかもぉ」