小姫に見込まれる(1)
パトリックに話し掛けてきたのは少女である。ただし、立派な軍礼服に身を固めているので候補者に間違いないだろう。誰一人として伴っていないのはルオーも気になるところだが。
「わたし、ミアンドラ・ロワウス。貴殿はどこの会社の人?」
颯爽と問い掛けてくる。
「うちは民間軍事会社『ライジングサン』。オレはパトリック・ゼーガンっていうんだけど君も候補者かい?」
「なんなら調べてちょうだい。指揮官部門では勇名を馳せている自信はないわ」
「ん? そういえばロワウスっていったら、あのロワウス家? 優れたパイロットを輩出してる?」
ミアンドラと名乗った少女は「あら、知ってるの?」と応じる。
「それよりも貴殿、ゼーガンってマロ・バロッタのゼーガンじゃないわよね?」
「いやいや、君の言うゼーガンで間違いないよ」
「あそこは実業家や政治家の家系で有名だけど、勇猛な軍人を出しているって噂は聞かないわね」
(おや?)
ルオーは少し驚く。
(よく勉強しているな。近隣国家とはいえ、名家を隅々まで知ってるなんて政治家でもなきゃ不要なんだけどなぁ)
ミアンドラをつぶさに観察する。とりわけ目立つ特徴はない。長いプラチナブロンドを後ろに流した、目鼻立ちのしっかりとした少女である。将来はかなりの美形に育ちそうで、すでに片鱗は示している。しかし、パトリックのストライクゾーンからは外れている。
「歴史を塗り替えようと世界に羽ばたいたのがこのオレさ。いずれ君も忘れられない名前になるから憶えてくのをお勧めするね」
ポーズを決める。
「ふぅん、つまりまだ無名なわけね。それでさっきからあっちこっちと粉掛けて回ってたんだ」
「う……。まあ、連敗中なのは認めるよ」
「素直なのはいいこと。ゼーガンが優秀な血筋なのも本当。軍事でどうかは未知数だけど、有名な候補者よりは貴殿を認めてるわ。わたしに乗らない?」
誘いの掛け方も上手い。パトリックのプライドを刺激しつつも苦境を打破する材料として自身を売り込んでいる。見事だと思った。
「ですが、ミアンドラ様。家を出ているということは彼がどんな立場なのかご推察ですよね?」
探りを入れる。
「そうね。予備の予備にもならない男子の末子ってとこかしら。適当に放り出されたり埋もれたりするのが嫌だから飛び出してみたって感じ?」
「ご明察です」
「あなたこそ見た目のわりに面白いカマかけをしてくるじゃない」
冷たい視線が来た。
「ルオー・ニックルといいます。ご存知のようにパトリックと二人でライジングサンを経営しています」
「で、わたしは?」
「悪くないと思っています。もし、うちを気に入って使ってくださるというのならば無駄足でもなかったかと」
横でパトリックが「誰が予備の予備だ」と騒いでいるが聞き流す。ミアンドラは彼を上から下まで視線でなぞった。
なにも感じるところはあるまい。ルオーは筋骨隆々でもなければ引き締まった身体というわけでもない。見方によってはだらしないと言われても仕方がない身体つきである。
「えー」
クーファが不平をもらす。
「クゥたちにはスイーツ巡りという崇高な任務があるのぉ」
「確かにそれも重要ですが、軍資金という難題も抱えているんですよ」
「軍資金? それって甘くも美味しくもないもん」
彼女には取るに足らないらしい。
「悲しいかな、世の中の仕組みとして通貨を持ってないとどんな至高の甘味も僕たちの指の隙間からこぼれていってしまうのです」
「それは一大事ぃ。速やかに解消してぇ」
「はい、交渉中です」
どうにか猫耳娘を諌めて向き直る。少女はうんざりとした顔で彼を見つめていた。
「少しは見込みあるかと思ったのに、それはなに? 妹ではないんでしょう?」
呆れ口調である。
「うちの医療担当です。大切なメンバーなので意見を尊重しないわけにもまいりません」
「あなたのとこ、大丈夫じゃない気がしてきたわ」
「困りましたね。そこはゼーガンの名で免じてくれません?」
軽口で取りなす。
「そういうときだけオレの名を利用するんじゃない」
「まあまあ、考えてみてください。このままではミアンドラ様のおっしゃるとおりあぶれてしまいます。君の、ここで目立って名を売る目論見も破綻してしまいます」
「それは困る」
相方も思案顔になる。なんらかの打開策を欲しているものの、パトリックには女性を口説くテクニック以上の手札がないと来ている。
「では、どうするか。とりあえず観兵試合に参加する権利を得ることです。そうすれば君の実力は他の候補者の知るところになるでしょう」
丁寧に説明する。
「確かに」
「来年への布石になるばかりか、もしかしたら今年のうちにでも顔繋ぎになるのではありませんか? 依頼をいただける環境作りから始めましょう」
「なるほど、そのためにこのお嬢さんを利用するわけだな?」
迂闊なところを見せつけてしまう。
「あなた、そういう話をよくもまあ本人の前でしてくれるものね?」
「嘘で塗り固めてもミアンドラ様を誤魔化せないと思いました。ならば、こちらの事情を汲んだうえで使っていただくほうが後腐れがないと思いません?」
「一理あるわね。なんだか、上手く騙されている気もしなくもないけど」
ルオーは「上手に騙されてください」と微笑みかけた。
次回『小姫に見込まれる(2)』 「あなたには家名が枷になっているんですね」