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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
正直者は馬鹿を見る
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姫を射んとするも(4)

 会場にはレンティン・ピルデリー以外にも数多くの花が咲いている。パトリックは自身の審美眼を信じて瞳を巡らせた。そこに引っ掛かる輝きがある。


(エスメリア・カーデル。カーデル家の期待の星。指揮官部門の去年の優勝者じゃないか。これはちと厳しいか)

 飽くなきチャレンジ精神が彼を衝き動かす。

(ダメ元だ。ここで動けないなどゼーガンの名が廃る)


 勇躍踏み出す。障害が高いほど燃えるのは男の性か。ターゲットが大きいほど力が湧いてくるものだ。ここは引けない。


「エスメリア様、少しお話よろしいですか?」

 正面突破は難しく、さり気なく後ろから声を掛ける。

「なんだ、お前は。無礼だろうが」

「まあ、そう言うな。貴殿の勇気に免じて話を聞こう。どこの誰か?」

「あなた様の優しいお心、きっと未来に大輪の花を咲かせることでしょう。そのお力添えをできればと思い罷り越しましてございます、民間軍事会社(PMSC)『ライジングサン』のパトリック・ゼーガンです」

 上手く隙間に忍び込めた。

「名は聞かぬな」

「仕方ありませんでしょう。当方、宙区を越えてオイナッセンやクストファッカでもご愛顧いただけておりますので」

「ふむ、すると私の不明であったか。これはすまぬ」


 多少の負い目を覚えさせるのもいい。足元が少しでも揺れれば傾きやすくもなるというもの。そこへ極上の笑みの一つも送れば女性は大きく揺らぐ。


「仕事内容ゆえに公言することは適いませんが、わずか二名しかパイロットを擁さない当方がそれなりに依頼(オーダー)いただけており、この場にもリクエストしてもらえているのを鑑みれば実力も測れようというもの。如何ですか?」

 意図的に匂わせをする。

「確かにな。軍事事業者ページで大々的にリクエストはしているが、それなりに融通はするよう働き掛けてある。そこに入る時点で推し量れような」

「そのうえでエスメリア様のような至高の美の体現者のようなお方の指揮のもと戦えるのであれば、ここで命散らそうとも男の本望にございます」

「散るな、馬鹿者」

 彼女は軽口に笑みをこぼす。

「試合形式の演習に過ぎん。バトルロイヤルだからかなり実戦的なのは認めるが、死人が出るようなものではない」

「それもあなた様の指揮であればのこと。勝利を捧げる騎士の一人として取り上げてくださるのを望みます」

「ここまで大胆な男は近年稀に見るな。面白い」


 取り巻き連中は気色ばむがエスメリアが制している。かなりの実力と実績がなければなかなかできないことだ。


「どれ、見せてみよ」

「恐悦至極に存じます」

 さらりと距離を詰める。

「これは絶対天然モノなのぉ」

「ええ、間違いありません。この美しいサシの入り方。赤身の色鮮やかさ。肉汁の量。どれを取っても培養肉ではなかなか出せないもの。口に入れれば溶けるというのに、しっかりと余韻を感じさせるとは。クゥの舌も侮れませんね?」

「当然でぇーす」

 余計なときだけ饒舌になる男がいる。

「ほほう、わかるか? それは我が一族が経営する牧場で丹精込めて育てた牛の肉だ。思う存分味わうがいい」

「そうなのですか? 素晴らしい畜産技術をお持ちの方を雇っていらっしゃるのですね。あなたのお家の方針でしょうか?」

「無論だ。美味いものには金を出せ。我が家の家訓である」

「感服いたしました」


 完全に話が逸れてしまった。取り戻そうにもエスメリアの目はルオーしか見ていない。


「そのほう、なかなか見込みあるな。名をなんという?」

「ルオーといいます。憶えていただくような人間ではありません」

「そんなことはない。食に通じる者は職にも通じる。これは私の信条でもある」

 話が迷走する。

「それでは我らライジングサンを指揮下に入れていただけますか?」

「それはの、なかなかに難しいぞ、パトリック。我が家にも付き合いというものがある。しかし、食談義は幾らでも付き合おうぞ。ルオー、こっちへ来い」

「いえいえ、僕など一介のパイロットにしか過ぎません。名家の方と親しくさせていただくような器ではありませんので、そこはうちのパトリックと話を詰めていただけます?」

 多少の気遣いは垣間見える。

「この男か? うーむ、この手の男はそれこそ掃いて捨てるほど身の周りにいるからのう。つまらんて」

「つまらないってどういうことだよ! オレがせっかく言葉を尽くして気に入られようと頑張ったのに無駄骨じゃん」

「そういうところよ。薄っぺらいぞ、そなた」


 下心を見透かされたような気分だった。確かに取り入ろうとはしたが、相手の美しさを崇める気持ちは本当だというのに認められないのは不本意だった。

 その後も幾人にも言葉を重ねて採用されようと試みるが、打てども打てども響かない状態である。やはり、見どころある候補者は付け入る隙もないほど固められていた。


(マジか。このままじゃ二人にスイーツ巡りをさせに来たようなもんじゃん)

 失望する。


「もしかしてあぶれてるの、貴殿は? もし、二人ならわたしのところに来て。ちょうど、あと二人空きがあって困ってるの」

「はいはい、リクエストありがとうござい……、って君ぃ?」

「ええ、わたしよ」


 振り返ったパトリックの前にいるのはまだ少女と呼ぶのがふさわしい候補者だった。

次回『小姫に見込まれる(1)』 「あなたこそ見た目のわりに面白いカマかけをしてくるじゃない」

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