きざはし踏むは(2)
クーファが機体を損傷させて戻ったルオーを迎えたのは初めての経験である。心配もして、元気づけようと交わしたキスもどこか上の空だった。恋人となった青年は、また彼女の見えない未来を読み解こうとしているのだろう。
(クゥはルオにとってなんなのかなぁ。癒やしくらいにしか思ってないのかもぉ)
漠然とした不安はある。
ルオーが誰かのために真剣に行動すればするほど誰もが頼りにする。快く受け入れる器量があるのが彼だった。彼女のこともその中の一つであったように思う。
傍にいるほどに情が移り、最終的にクーファの想いを受け止めてくれた結果が今の関係のように思えてならない。彼にとって庇護すべき者であり、マスコット的存在であり、生活の潤いをもたらす者でしかない気がする。
(守るものが多すぎて大変だよぉ)
せめて邪魔にならないようにしたいと思った。余計な負担を掛けないよう心掛けた。期待の目がルオーに集中しないよう、おどけて注意を引くようなこともした。
(どれも付け足しみたいなものぉ。どうしてもクゥじゃなきゃいけないんじゃないもん)
自らの存在意義に突き当たる。愛しい人の助けになれる人でいたい。しかし、パトリックやゼフィーリアのようにともに戦えるわけではない。であれば、なにができるのか自問自答をくり返してきたが結論は未だ出ない。
(このままじゃ、ただ一緒にいるだけの人ぉ)
青年のようなタイプの人間は、常に女性を傍に置き依存したりはしない。もちろん性的欲求もあろうが、彼女にそれを求めないことでわかる。性欲に勝るほど、自身がやりたいことに没頭してしまうタイプ。それがルオーである。
「じゃあ、クゥはなんのためにいるのぉ?」
チェアに腰掛け、コンソールデスクに伏せたクーファは表面を指でなぞる。
レジット人に肩入れしてくれているのは間違いない。その象徴的な存在として彼女を守ろうとしているのは感じられる。ならば、そこにクーファという個性は必要ないのではないかとも思ってしまうのだ。
『不安なのー?』
ティムニの二頭身3Dアバターが飛び出してきた。
「不安? いらないって言われたりは絶対にないけどぉ、クゥがいるって言ってほしいの贅沢かなぁ?」
『それはないかもー。ルオーはクゥにいてほしいって思ってるー』
「恋人としてぇ? それだったら、求められてもいい気がするぅ」
いっそのこと、深い関係になったほうが気が楽かもしれない。
『それで満足ぅー?』
「……違うかもぉ」
『でしょー?』
ティムニの人間くさいところが出る。長きに渡る時間の中で達観した存在であってもおかしくないと思うのに、なぜか気のいい姉のようなポジションなのだ。
「ティムはクゥがルオを堕落させたがってるとか思わないのぉ?」
そんなふうに聞こえたように感じた。
『別にー』
「もう、クゥのこと、信じてくれてるぅ?」
『彼を歪ませるような気持ちがあるなら、いくらでも機会があったかなー。だから、悪ではないって理解したー。つい、「雀百まで踊りを忘れず」って感覚だったけど、結局は「麻の中のよもぎ」が一番人間の本質を表しているんじゃないかって思ってるー』
人類をずっと見つづけてきた彼女であっても見方が変わるのが不思議だった。神のように全知全能ではないからこそ、悠久とも思える時間の中でゼムナの遺志は個を保ってこれたのかもしれない。
「クゥはなにかしたい。なにができるのぉ?」
身を起こして膝に手を置きティムニと向き合う。
『ちょっと気になってることあるー。試してみる気あるー?』
「ほんとぉ?」
『クゥを実験体みたいに使うことになるよー? それでも良ければ試してみるー?』
一も二もなく頷く。
『もしかしたら、ルオーが怒ったりするかもしれないけどー』
「一緒に謝るからぁ。クゥがやりたいって言ったって言うしぃ」
『んー、じゃあ道具を準備してみるー』
承諾してくれる。少し怖いことを言われたので悔いる気持ちも湧いてきた。思わず背を丸めてしまう。
「痛いのあるぅ?」
変な想像が浮かんできた。
『痛くはないし、普段の暮らしに関わることないかなー。どっちかっていうと、クゥ的にはちょっと気持ちいいかもー』
「気持ちいいのぉ? エッチな意味でぇ?」
『じゃなくてー、もっと精神的に気持ちいい感じー?』
コンソールから立ち上がった3Dモデルはカチューシャみたいなもの。ただし、見慣れた人からすれば、ひと目でσ・ルーンだとわかる。
『これとクアン・ザのフレニオン受容器回線を使えば、常にルオーと精神的に繋がっている状態になれるー』
確かに青年が着けているものと似たσ・ルーンだ。
「それって幸せかもぉ」
『幸せになるのはクゥだけじゃなくてー。ルオーはもっと幸せになる可能性があるからー』
「役に立つぅ? だったら、とっても気持ちいいかもぉ」
精神的に繋がっているのは彼の負担も共有している気分になれそうだ。いつも寄り添っていられれば気苦労も分け合っていけるだろうか。
『もらうのはクゥだけじゃないよー。ルオーもちゃんともらうからー』
「あげられるもの、あるぅ?」
『それはねー……』
クーファはティムニの告げた可能性に懸ける決意をした。
次回『きざはし踏むは(3)』 「だったら、俺は出世なんてできなくたっていいです」




