きざはし踏むは(1)
回避する暇はない。ルオーはクアン・ザに極力半身を取らせる。右手はイルメア機のリフレクタへ押し込む。チャージガンは内側のカラマイダを照準した。
対してイルメアもスナイパーランチャーを突き出している。そちらのほうが若干近いし予備動作も不要。同時に押されたトリガーはその差を如実に表す。
「んくぅ!」
「ふぐぁっ!」
クアン・ザは左肩を撃ち抜かれている。その分、姿勢がブレてしまった。チャージガンの照準は上に逸れ、首元から頭部にかけてを吹き飛ばしたのみ。
イルメアの一撃はプラズマチューブを傷付けていたようで、クアン・ザのショルダーユニットが誘爆する。機体が流れてしまうが、カラマイダも頭部を失ってブラックアウト状態だった。
(相打ち。でも、仕留めきれなかった)
横滑りする機体で、チャージガンをズラしてもう一射。かろうじてスナイパーランチャーを半ばからへし折ることに成功する。それ以上、接近しているのは危険だった。いずれ、カラマイダはブラックアウトから回復する。
「馬鹿野郎が無茶しやがって。リンクアラート鳴ったじゃんか」
「すみません、パット」
ベルトルデに肩を引かれる。
「結構削った。もう退くぞ」
「ですね。こんなもんで満足しておきます」
「珍しく大破させられといてでかいこと言ってんじゃない」
ルオーは吠えるイルメアを残してクアン・ザを帰投コースに乗せた。
◇ ◇ ◇
(珍しく大人しく退いたものね)
ゼフィーリアは思う。
(バロムは今回の作戦を面白くは感じてない。彼は主役でないといけないはずだから。次のブリーフィングでルオーの失敗を責めてくるわね)
シャワーで汗を流し、ドライルームであらかた水気を飛ばした長い黒髪を梳きながら自室に向かう。ほとんどアンダーウェアだけなのだが、最近は気にすることもなくなった。
(前は絡んでくる男がいたからガード固めてたけど)
そういえば、今日はメンズのシャワールームから鼻歌が聞こえてこなかった。いつもなら自らを称えて、上機嫌で騒がしくしていることが多いのに。
不審に思いながら中央通路を歩いていると、薄暗いカフェテリアに男の姿がある。フィットスキンの上半身だけはだけて、カウンターに肘を置いてグラスを傾けていた。
「あら、どうしたのかしら?」
声を掛ければすぐに振り向いてくるかと思ったらそのままだ。
「オレちゃんだって落ち込むことがあるのさ」
「自信満々の君が珍しいこと」
「だってさ……」
打ち明けるのを躊躇うようにグラスを口元に運ぶ。立ち去る気にならず、スツールに腰掛ける後ろ姿に背中を預けて体重を掛けた。少しだけ跳ねた背中が往生したかのように語ってくる。
「まだ、足りないんじゃん」
ポツリと言った。
「なにが?」
「オレはまだあいつの理想に届いてないんだ。だから、こんなことになっちまう」
「気に病んでるのね」
帰投したライジングサンの船内、ルオーは大破してしまったクアン・ザを見上げていた。すでに修理が始まって、作業アームが何本も向かっているのに心配そうにしている。
ショルダーユニットが誘爆してしまっているので肩の基部も損傷している。換装して終わりという状態ではない。時間が掛るのはわかっているのに、青年はいつまでも見つめていた。
「あいつにとってアームドスキンは拠り所なんだよ。無いとなにもできないと思ってる。それなのに、無茶をしなきゃいけない状況にしちまった」
話し出すと止まらない。
「かもね」
「本当なら、信頼できる人間になら、あいつは行けって言うだけでいいのにさ。自分が行かなきゃ勝負にならないと思わせてる。情けないったらありゃしないぜ」
「信頼はしてるんじゃない? ただ、手数が足りないって思っただけじゃなくて?」
正直なところを伝える。
「ルオーの飛び抜けたスナイピングの援護さえあれば、どんだけの敵がいたって大丈夫。そんなふうに思わせるのも無理ってか? ばらばらで戦って結局どっちかに負荷が掛かるんなら並び立ってるっていえないじゃん」
「君がバディをどう考えてるか。そこなんじゃない? 信じてもらえてないって言うなら、わたしもチームとして機能してないって思われてることになるかしら」
「ゼフィちゃんは! 君は……」
言葉は尻すぼみになる。今ここで言うべきではないことを口走りそうになって自制したのだろう。
「オレはただ、あいつの横に並び立てる男になりたいんだ」
「そうなの?」
「で、やっと英雄の一翼だって自分を認められる」
苦悩する背中が可愛らしいと思った。自らを天才と公言しながら、未完成であることを嘆いている。その矛盾がパトリックという男を形成しているのだ。
「今の君、ちょっと格好いいかしら」
預けた背中を離して振り返る。両肩に手を置いて、肩越しに覗き込んだ。男の頬に軽く唇を添わせる。小さくリップ音が鳴った。
「ゼフィちゃん?」
「頑張りなさい。わたしが追い掛けたくなるくらい」
「いや、そうじゃなくて!」
男が腰を浮かせて振り返ったときには、もう背中を向けて歩きだしている。突然のことに慌てているのも可愛らしかった。
「せめて唇にしてちょーよ」
「贅沢がすぎるかしら」
「そんなぁ」
(発奮材料くらいにはなるでしょ)
ゼフィーリアは手を伸ばすパトリックに振り返るつもりもなかった。
次回『きざはし踏むは(2)』 「恋人としてぇ? それだったら、求められてもいい気がするぅ」




