姫を射んとするも(3)
パトリックが会場入りすると、室内は色とりどりの花々で彩られていた。正式な場だけあって軍礼服である。タイトな巻きスカートがガンゴスリ国軍の伝統なのだろう。
(いいねえ。そそる)
心中で舌なめずりする。
今日の彼はラフなパイロットブルゾンではなくカジュアルなジャケットタイプの上着。金色のフィットスキンに黒のシックなジャケットで目を引くスタイルである。
会場の花々は光沢の強い白い軍服に金モールが輝いている。綺羅びやかな指揮杖は儀礼的なものだろう。行き交う人の隙間から煌めきをこぼして主役の位置を教えてくれる。
「さあ、行くぞ」
「あれです? あんな人が群がってる人のところに行っても、すげなくされるだけですよ」
「眼中にないのぉ」
「うるさいよ。そこはオレの話術に任せろ」
σ・ルーンでターゲット指定。相手のプロフデータを呼び出す。さらっと斜め読みして必要なポイントを頭に入れるとつかつかと近づいていく。
(レンティン・ピルデリー。ピルデリー家の次女か。才能的には長女より優秀。次代の担い手として有望視されているっと)
なにより見目麗しい点がいい。
自信満々の面持ちで歩いていると醸し出す空気で小物たちは避ける。何人か残っている取り巻きも怪訝な面持ちで視線を走らせるのみで止めようともしない。
(こういうケースは当たり前のように振る舞うのが成功の秘訣。最初っから卑屈にしてれば取り合うものも取り合ってくれん)
するりと入り込む。
「これはレンティン嬢。相変わらずお美しい」
優雅な所作で膝を折る。
「あら、失礼。どなたでしたか失念してしまいましたわ。どちらでお会いしましたかしら?」
「いえ。お初にお目に掛かります。パトリック・ゼーガンと申します。よろしくお見知りおきのことを」
「そうでしたの。失礼でなくてよかったわ」
少し失望の面持ちを見せる。
「ですわよね。あなたのような美男子、一度見たらそうは忘れませんもの」
「光栄に存じます。遠き宇宙の彼方よりあなた様のお美しいご尊顔を拝し奉りたく馳せ参じた次第にございます」
「お上手だこと。そう、国外のお方でしたのね」
掴みは十分。興味をそそるには程よい美辞麗句だっただろう。彼女もこちらに身体を向けて会話に臨む雰囲気だ。
「当方、『ライジングサン』という民間軍事会社でパイロットをしている者にございます。あなた様のご高名を耳にし、微力ながらご助力いたしたいと伺った次第です。どうかお話だけでも」
少し距離を詰め、手袋越しにキスを送る。
「あら、残念。わたくし、こちらの軍事企業『デクタース』と代々お付き合いがございまして今年もお願いいたしておりますの」
「存じ上げておりますとも。ですが、僭越ながら宙区を越えて広く活躍している当社の実績をご覧くだされば納得いただけるものと自負しております」
「強引なお方。それだけ自信がおありなのね」
首尾よく興味を取り付ける。
「鳥肉系にさっぱりとした調整を加えた培養肉。それだけに濃厚なソースが旨味を最大限に引き出せていますね。そこへこれは? 強めに焦がしたカラメルソースを細く流しかけてあります。名人芸ですね」
「香ばしくて甘くてちょっとだけの苦みの向こうにコクと旨味が広がるのぉ。それでいてヘルシーで憎い味付けぇ。シェフを呼ぶのぉ」
「お前ら、食ってばかりいるんじゃない」
テーブルに齧りつきの二人の茶々に引っ張られる。同じタイプのフィットスキンを着ているだけに誤魔化しようもない。
「そんなこと言ったって、僕が混じったところでどうにかなるものでもないでしょう? どうぞご自由に進めてください」
眠そうな目でだらしなく告げてくる。
「だから、フォローしろ、フォロー。普段どんな活躍してるとか補助できることは幾らでもあるじゃないか?」
「活躍と言ってもですね、大概の難しい依頼は守秘義務で雁字搦めです。どのようなお子様の要望でも安全にアームドスキンを見学させられます、とでも?」
「そんなん自慢になるか」
話にならない。
「申し訳ありませんが、わたくしもアームドスキンを見せてもらって喜んでいる年頃は卒業いたしましたわ。また別の機会にお話伺いますわね、パトリック様」
「いえいえ、そうおっしゃらず。この二人は単なるサポートメンバーです。オレの腕前を知ってもらえれば必ずやお役に立てると保証いたしますから」
「でしたら、どなたか別の候補者とのよいご縁がありますようお祈りいたします」
彼女に選ばれた軍事企業の者などは胡散臭い視線で咎めてくる。レンティンは取り巻きに促されてその場を去っていく。見事にフラれたとあっては深追いしてもいいことはない。がっくりと項垂れた。
「ナイス、サポートなのぉ」
クーファが親指を立てている。
「お前のはスイーツ巡りに向けてのサポートだろうが! そんなんいらんわ!」
「頑張って邪魔しないようにしていたのに、ひどい言い方ですよね? クゥや僕だって君の健闘を心のなかで応援していたんですよ?」
「お前の心はテーブルの料理に釘付けだったじゃんか!」
(こいつら、もしかして、とことん邪魔する気じゃないだろうな?)
パトリックは失敗してなるものかと次のターゲットを求めて目を皿にした。
次回『姫を射んとするも(4)』 「ここまで大胆な男は近年稀に見るな。面白い」