過去の影(2)
若者言葉をあまり好まないミアンドラも、一般市民の心情に合わせて語るべく「ヤバい」という表現を用いた。それが彼女が最近覚えた肌感覚だったからである。
「空の上の宇宙が思わしくない事態に陥っている。そんなニュースが聞こえてきた。遊んでいる場合じゃない気がする。ちょっと調べてみよう。そんな気にさせるタイミングがあると思うんです」
ウェンディロフで試したようなプロパガンダ作戦はそう簡単に使えない。しかし、民意を動かす方法は幾つもある。それが考える時間を作る方法。
「ゼオルダイゼ体制は同盟内でも最も強固だったかもしれない。景気を良くすることで民間も満足させてきたはず。でも、もし失敗したら民意は手の平を返すと思わせることはできるでしょう。それはプレッシャーになるもの」
急に厭戦気分を醸成するのは難しい。それでも、注視されている感覚を政府に持たせることは可能だ。間違って敗色濃厚などになれば、民意が牙を向くのは敵国ではなく政府だと感じるような状況にしたい。
「それが週末を目前にしたタイミングじゃないかと」
ミッションブリーフィングでそう締めくくった少女の主張は受け入れられた。
休養をしっかりと挟んでゼオルダイゼ星系に時空間復帰したZACOFの艦隊が、週末の前々日、カンスの日を選んだのはそれが理由。一日掛けて艦列を整えつつ、週末前日に要塞ロウザンガラク及び軌道艦隊に攻撃を掛ける。
ミアンドラは指揮官ブースで、無数とも思える敵軍を前にしていた。
◇ ◇ ◇
『全機、出撃準備を整えてください。発進スロットが開放されます』
艦システムのアナウンスが機体格納庫とコクピット内に響く。
「準備万端です」
「了解だ。すまない、いつも助かっている。生きて戻れたら必ず報いよう」
「なに、おっしゃってるので? エスメリア様なら大丈夫ですよ」
整備士たちが自信満々に言ってくる。
「あなた様はどんどん進歩なさっているってもっぱらの噂なんですよ。今日も撃墜数期待してますよ」
「不吉な言い方だったな。申し訳ない」
「スロット、開放確認よし! どうぞ!」
メカニックたちのにこやかな笑顔が上に流れていく。エスメリアの愛機『ルイーゾン』がキャッチレールを滑り落ちていくところ。カツンという音とともにキャッチが外されて機体が宇宙に投げ出された。
(今回ばかりは少々リスキーな作戦だな)
整備士の表情にどの程度虚勢が含まれていたか。
(ミアの目論見は理解できる。成功すればどれほど有効かもな。しかし、この序盤戦のウェイトの高さはあまりに厳しい)
陽動攻撃とはいえ、数倍する敵を受け持たねばならない。それも、皆が頼りにしてしまっているライジングサンの援護無しにだ。彼らにはもっと重要な役目が託されている。
ルオーの援護抜きで敵の注意を逸らさないよう、相応の時間を耐え抜いてようやく成果が得られるかどうか。危険を冒さねば完全勝利を得るのは無理だろう。中途半端な妥協が今後のオイナッセン宙区をどれだけ不安定にさせるかは想像に難くない。
(無責任なことはできない。散った同胞のためにもガンゴスリには勝利が必要だ。このルートは間違ってない。が、険しいものだ)
適度な勝利で退くのは論外である。ゼオルダイゼの現体制を残したまま講和に持ち込もうものなら、残されたモンテゾルネを始めとしたオイナッセン勢は終わりなき戦乱の日々を過ごさねばならなくなる。
同盟の中で最も叩いておかなければならないのが盟主ゼオルダイゼ。他の同盟国を敗戦に追い込んだのは、この決戦を有利に運べるようにするお膳立てに過ぎない。
「指示ポイント確認。戦列に入る」
「最終位置チェック忘れるな。注意して移動。周り、多いぞ」
「測距レーザー発振。相対距離設定チェック」
接敵までに布陣を整える。それまでは周囲を飛んでいる友軍機があまりに多いので、自動で距離を取る設定にして索敵感度を落としている。戦闘開始となったら全てをオフにして攻撃態勢に移行する。
「カラマイダが主力だが……」
中継子機の高精度望遠カメラが敵の陣容を伝えてくる。
「お世辞にも整っているとはいえない。広い。で、濃いな」
あからさまな物量差を見せつけられているように感じる。綺麗に戦列を揃えているわけではない。それなのに隙間を感じさせない。それくらいの圧倒的な数だ。
「それだけではない、か」
肌で感じるものがある。
「左翼? どこだ? 二枚目か。なにか違和感が。プレッシャーが強い」
「どこですか、エスメリア様? 我らには見えませんが」
「二枚目、要塞戦力だ。なにか違う。理由は……わからない」
目を凝らすエスメリアはそこに厳然たる脅威を感じていた。
◇ ◇ ◇
「厚いな」
パトリックもこぼす。
「当然です。同盟が同盟でなくなった今、彼らも正念場ですから」
「取り戻すのが難しくなったんだから、せめてパルミット勢に手を引かせる工作くらいしてくるかと思ってたんだけどさ」
「不可解な点ですね。こちらも意図に組み込まれている可能性が出てきました」
戦列の裏からクアン・ザの自前のカメラで観察している。
「退けない理由か」
「この期に及んでごちゃごちゃ考えている暇があって?」
「ごめんちゃい、ゼフィちゃん。集中するって」
ルオーは厚い敵陣の奥に嫌な感覚を抱いていた。
次回『過去の影(3)』 「君でも好き嫌いで判断が狂うのかしら」




