過去の影(1)
イルメア・ホーシーはその威容を見上げる。何度も敵として対戦した機種だ。パワーだけでなく機動性も高いアームドスキン。その印象は強烈にこびりついている。
しかし、今はその特質を心強く感じている。スナイパーである彼女にはさほど必要でない要素なのだが、それも以前のこと。現在はアタッカーに転身している。
(復讐のためならなんでもするよ、ムザ。必ず、ルオー・ニックルをあんたのところに送ってやるから。思う存分なぶってやって)
イルメアに与えられたアームドスキンは『カラマイダ』。重力波フィンを搭載し、イオン駆動機で可動する最新鋭機。敵の手に渡ったこともあるが、今は使用されていないと聞いた。
劣っているのではない。敵軍はカラマイダの真髄を知らないまま、ただ漫然と使っていたと言われている。彼女の前にあるのは、パワーアップ機体である。
「ベース機体でも十分に強い機体です。だからこそ、こいつの本当の姿を想像できなかったんだと思いますよ」
整備士が自慢げに説明してくる。
「流出したのはベース機体の設計図だけだったんです。まあ、当然ですね。ホーコラは本体の製造だけ任されてたんですから」
「で、あれかい?」
「ええ、このアタッチメントを装着すればこいつは無敵になるんですよ。ただ、接続とエネルギーバランスが難しくて難儀しましたけどね」
カラマイダのベース機体よりかなりボリュームを増した姿になっている。元々持っていたパワーはこの形状に即したものだったと思えるほどに。
「イルメアさんなら、このカラマイダの真の力を引き出してくれるでしょう」
調整から見てくれているメカニックが太鼓判を押す。
「あなたの狙撃技術にこいつの特性をマッチングすれば前線の世界が変わります。誰も止められはしないはずですよ」
「そんなに持ち上げてどうするっての? あたしを抱きたい?」
「違い……、いえ、もちろんあなたはとても魅力的な女性ですけど、それ以上にZACOFのわからず屋たちに思い知らせてほしいんですって。我らがゼオルダイゼがどれほどオイナッセン宙区の安定を願って邁進してきたか」
彼は信じきっているのだ。
「物わかりの悪い連中には躾が必要だね」
「ええ、そうですよ。それと、立派な指導者がね」
「わかった。あんたの望む平和が支配する構図をあたしが作ってあげよう」
ただのおためごかしである。イルメアはそんなことに欠片も興味がない。ただ、彼が苦労して作り上げたムザ隊を木っ端微塵にしてくれたルオーを討ち取れる力を与えてくれるなら誰に使われても構わない。
「きっちり仕上げといてちょうだい。で、次の戦闘に勝てたらあんたの部屋で祝杯だね。そのあとは……」
「いえ、その……。絶対に勝てる機体にしますからご安心を!」
「頼むよ」
イルメアは整備士の頬にキスしてその場を離れた。
◇ ◇ ◇
ゼオルダイゼ同盟対抗機関連合艦隊がゼオルダイゼ星系に時空間復帰したのは週も半ばのカンスの日だった。戦争に週末の休みもなにも関係ないので通常は軽視されているが、敵国の星系、それも衛星軌道付近まで進入しての作戦ともあり、国民に与える心理的効果も考慮される。
「考える時間を与える?」
ミアンドラが提案したそのタイミングは皆に一考をさせる。
「例えば、作戦が成功して要塞ロウザンガラクが定点を離れたとします。そのニュースに触れたのが週頭だとすると、確かに衝撃的に感じるでしょうけど仕事も始まっていて、それで頭がいっぱいにならないでしょう? 週末だと遊びや自由時間に夢中でニュースなんて頭から追い出してしまいます」
「そんなもの?」
「一般市民にとって、戦争はそれくらい対岸の火事なんです。それが自国が直面している事態だとしても」
ウェンディロフの特殊作戦で実感したという。
遠くで起きている緊急事態。仕事を含めた自身の生活空間に関わってこない災厄。貿易にまつわる仕事をしていればスケジュールに支障が生じる程度。敗戦は自身の将来に大きく関与してくるものの、明日明後日にすぐ襲い掛かってくるものでもない。
「それよりはまず、いついつまでにやっておかなくてはならない仕事や用事が先に来てしまうみたいです、ヘレン副司令」
一般人の思考はそう働くと学んだ。
「驚くほど視野が狭い気もするけど?」
「視野が狭いのではなく見えてこないだけなの。それこそ、目の前にアームドスキンが降り立ってこないかぎり」
「直接的に自分が被害を被らないと?」
それくらい自分本位に暮らしていると主張する。それもそうだ。一般市民が主権を持っており、選挙によって国政を動かす者を決めていても、その決定に直接口出しできるわけでもない。政策決定は複雑に張り巡らされた何枚もの薄いベールの向こうで行われている。
ゆえに、どうしても自分の損得だけで考えてしまいがちである。ニュースに流れる政策を身近な人間同士で議論することはあっても、それを転換させる方法は簡単ではない。そんな環境が有権者の心を政治から突き放してしまう。
「為政者はそれを良しとしてしまう。自身にとって都合の良い流れだから」
「そうやって一般市民は政治や戦争から意識を遠ざけてしまうのね」
「でも、時間があると、ふと考えるんです。もしかしたら、ヤバいんじゃないかって」
ミアンドラはその心理的作用について語った。
次回『過去の影(2)』 「不吉な言い方だったな。申し訳ない」
※長編異世界ファンタジー『少女装鎧ジノグラフ』も同時連載開始いたしました。よろしければご一読を。




