深く潜るは(5)
「不自然、ねぇ」
デヴォーはルオーがなにを言い出したのか考えている。
(ルオーに限ってなんの根拠もないことは言わないもん。でも、すぐになにかはわからない)
ミアンドラもピンとはこない。
「定点要塞という点です」
眠そうな顔で頭を掻きながら言う。
「ああ、そういうこと?」
「わかりますでしょう、ヘレンさん?」
「いや、不自然っていうのはそうよ。でも、言うほどでもないっていうか」
最初に気づいたのは同席していたへレニア・ピルデリー副司令だった。それにも意味がありそうで彼女は考察する。
(ヘレンおばさまの経歴に普通の指揮官と違うところはないはず。ほんと、ガンゴスリ指揮官として栄えある王道を歩んできた方だもん)
ガンゴスリでは伝統的に男性は操機士、つまりパイロットの道を選び、そこで成果を挙げて栄達することを良しとする。女性は指揮官コースに入り、艦長や艦隊指揮を経て大規模艦隊司令官の座が最終目標とされる。
ミアンドラを含め、へレニアのような軍閥の血筋の女性は当然の如く指揮官たることを求められる。ゆえに、彼女は王道を歩んで現在の地位に在るといえる。
(違う点といえば旦那様が技術士官なところ。確か、開発のほうにいらっしゃるのよね。それと関係する?)
パイロットと結ばれることが比較的多い中での話。
この慣習の性差は、女性が子を産み育む生物的特質に由来する。端的にいえば、男性は一度種付けができれば十分だが、女性は長生きしてくれないと国が滅ぶという思想から来ている。
だから、軍閥女性も指揮官として大成するとともに、母として後継を望まれる。家柄は関係なく、普通に恋愛をして伴侶を得、後継を育むことが誉れとされた。へレニアも結婚をし、その相手が国軍の技術士官なのである。
(結婚生活のこと、詳しく聞いたことないけど)
あまりに不躾だ。
(でも、ご家庭では色んな話をなさるんじゃないかな。もちろん、仕事の話もするだろうから技術的な内容になることも?)
つまり、ルオーのいう不自然な点というのは技術的な内容なのではないかと推察した。それなら、デヴォーほど聡明で、オイナッセン宙区でも屈指の指揮官を押しのけてへレニアが最初に気づくのに合点がいく。
「もちろん、軍事的にあの位置にあるのは極めて重要です。それは僕も理解してます。ですが……、どう表現するのが正しいんでしょう? 面倒じゃないです?」
ルオーの言にへレニアは額を押さえる。
「面倒で片づけるのはどうかと思うわ。でも、言わんとしてることは理解できるし、そのとおりともいえるかしらね」
「お願いだから、誰にでもわかるように説明してくださらない?」
「ああ、ごめんなさい、デヴォー司令」
デヴォーが助け舟を出してくれる。
「要は、ロウザンガラクがあの軌道をとっていることが不自然だとルオーは言ってるの。定点要塞の『定点』は本星を基準にしてる。つまり、本星と同期して主星を公転してるってこと」
「変かしら?」
「位置的にはむしろ本星の重力の影響を多大に受けるわ。それなのに、まるで当たり前のように主星である恒星を公転しているかのように振る舞っている点。極めて不自然な軌道だわ」
ロウザンガラクは本星ゼオルダイゼの惑星平面外軌道側の上空五千kmの高さに定点静止している。物理法則的にはあり得ない場所なのである。
「もちろん彼も私も、巨大な質量である戦闘艦さえ自由自在に大気圏と宇宙を行き来する現代に、それがまるで不可思議な現象だなんて言わない」
反重力端子がそれを可能としている。
「でも、あの定点をキープするには多大なコストを要するってこと。かなり複雑めな制御をしてないとズレちゃうわね」
コスト面を問えば、本星を公転するのが一番安易である。反重力端子で質量コントロールするだけで事足りる。そのつもりになれば、高度を変えるのも難しくない。
「なに、この話。難しいこと言って煙に巻こうとしてない?」
バロムの取り巻きの一人、コレットが異論を挟む。
「違います。これは今後の作戦の要所を掴むかもしれない内容ね。理解しろとは言わないから聞いてなさい」
「むぅ……」
「待て、コレット。聞け」
バロムが自制を促す。
「つまりは、ロウザンガラクは定点をキープするために常時ベクトル制御をしてないといけないってことね?」
「ええ、そのとおり。若干の複雑さはあるわ。でも、難しいってほどでもない。ざっくりとした戦闘艦の航法に比べれば色々考えなければならない点も少なくない。だから、ルオーは面倒って表現を使ったのよ」
「なんて言えば適当なのかわからなかったんです」
大質量を持つ艦艇船舶でも、反重力端子による質量制御が加減速やベクトル変更を容易にしている。ゆえに、現代の航法は一昔前のそれに比べて大雑把といっても過言ではないだろう。
「ロウザンガラクが結構複雑なベクトル制御をしているのはわかりました。ルオーがそれを付け入るところって言ってるのはもしかして?」
「そうです、ミアンドラ様。そこに付け込めばあの巨大質量を制御不能にして、どかすこともできるんじゃないです?」
「軌道艦隊と切り離しての対戦に持っていけるって言いたいのね?」
ミアンドラも青年の意図を正確に理解した。
次回『深く潜るは(6)』 「現実的じゃなくない?」




