深く潜るは(1)
「お見事っすね、英雄」
取り巻きのバッチナ・ドルマンが彼バロム・ラクファカルの背を叩く。
「あんなロングショット決められるのはバロムさんだけだぜ。腰抜けスナイパーなんて目じゃないってな」
「そうそう、ほんとに頼りになるのはうちらのバロムだけ」
もう一人の取り巻きが加わった。コレット・クラニーが艶っぽい上目遣いで腕にぶら下がってくる。彼は歩み一つ止めずに進んだ。
「うちらがいなきゃZACOFなんてとうに負けてるってのに、未だにモンテゾルネの親玉は口うるさく言ってくる。さっさと黙らせちゃいなよ」
特にコレットはデヴォー・ナチカ司令を嫌っていた。
「言うな。メーザード艦隊を含め、十四隻があれの配下にある。どうあっても、こちらの連合分艦隊の主力はモンテゾルネだ。しかも、装備も揃ってきている。無視できまい」
「ったく、ウクエリとかデトロ・ゴースが渋ちんだから傭兵協会も八隻しか出さないし」
「それもなぁ、損益分岐点考えたらまわしてくれてるほうじゃないか?」
年嵩のバッチナは経験上、戦力派遣の基準がわかっている。
「おそらく公益性も鑑みてのことだ。星間管理局が注視しているのが影響しているのだろう」
「そうなの?」
「たぶんな。名言してるわけじゃないから空気読みだと思うが」
星間管理局がこの規模の動乱にまったく介入してきていないのは不自然でもある。オイナッセンだけでなく、宙区をまたいでパルミットまで参戦するような事態を座視はしない。なんらかの力学が働いているように思える。
「まあ、いっか。この調子ならパルミット陣営が戻ってこなくたってゼオルダイゼとタイマン張れなくない?」
コレットが気の大きいことを言う。
「それも連中がウェンディロフを落としたからだ。軽視するな」
「え、落ちたの、ウェンディロフ?」
「さっき聞いた。ガンゴスリ、マロ・バロッタ連合艦隊はほぼ無傷でウェンディロフを敗戦に追い込んでいる。嘗めていいものではない」
バロムも素直に戦勝を喜べないのはその所為だ。
「無傷……」
「どんな詐術を使ったって言うんだ?」
「時間は掛かったが、得たものは大きい」
これでゼオルダイゼは孤立させられた。遠征艦隊もこれを機に撤収するのではないかと考えている。事実、そんな気配を見せていた。
「とんでもねえ」
「もう! ほんと、あの旭野郎どもが来てから調子が狂いっぱなし」
二人が言うのも否めない。筋道の変化が著しく、彼もどう振る舞うか決めにくい状態になっている。当面はあまり対立すべきではないと思うものの、あの眠そうな金髪男とは反りが合わない。
「戻ってくるぞ。問題を起こすな」
「しゃーないか」
「嫌んなっちゃう」
適当にあしらっていると合図が送られる。
「先に休んでろ。俺は艦長と話がある」
「そう? じゃあ、そうする。主導権奪えるよう打ち合わせておいてね」
コレットたちを送り出すと傭兵旗艦ソートレス艦長のデクレム・オルガードの傍へと向かった。周囲に人影がないのを確認する。
「聞いたな?」
早々に尋ねてきた。
「無論」
「潮時だ。そろそろ本気でやれ」
「不自然にならないように配慮しろと言ったのは貴様ではないか」
適度に加減している。
「そうも言ってられんだろう? メトソールを預かっている意味、忘れるな」
「わかった。使うか?」
「リングを使え。アタッチメントとしては使いやすくて目立ちにくい」
アームドスキン『メトソール』には拡張機能がある。今までは使わずにきたが、目的のためにはここが使い所でいいらしい。そのための機体でもある。
「やってみせろ。あの屈辱の日々に戻りたくないのならばな」
「言うまでもない。が、あれは警戒に値するくらい目があるぞ?」
「やむを得ん。想定とはあまりに局面が変わってしまっている。このままでは機会を得られんで終わる。最悪だ」
渋面を作るデクレムをバロムは窺う。男の中にある焦りが誤算を生むのではないかと訝った。しかし、真実を知るのは彼と艦長、そして数名の整備士くらいのもの。
(慎重すぎても進まないか。少しくらいは大胆でも良しとしよう)
バロムは踵を返してメカニックに指示出しに戻った。
◇ ◇ ◇
飲み散らかした酒瓶を蹴って女が立ち上がる。男は面倒くさそうに女の様子を窺った。下唇を噛んで黙っているだけだ。
「いつまで飼い殺しにするつもりだと言わんばかりだな?」
仕方ないので相手をする。
「事実でしょ? 憎きルオー・ニックルは今でものうのうと生きながらえているのに、あんたはあたしにアームドスキン一つ貸してくれないじゃないの」
「場は作ると言っている。用意に手間取っているだけだ。なかなかに暴れ馬らしくてな。お前もそのへんの安っぽい機体でやつを仕留められるとは思っておるまい?」
「そうだけど! そうだけど、腸が煮えくりかえって収まらないのよ。どんだけ酒を飲んでも蒸発しちゃう。どんだけ男に抱かれてもあの人の面影ばっかり感じちゃう。もう、どうにもならないわ」
女は吠えてグラスをあおる。腕が震えているが、空のグラスはどんな力で握られようと砕けはしない。ここにはそんな安物は置いてない。なぜなら、ゼオルダイゼ大統領ルビアーノ・デルウォークの私室なのだから。
「少し待て。ちょうど、やつも来る頃合いだ、イルメア・ホーシー」
ぽとりと落ちたグラスは音一つ立てない。毛足の長い絨毯の上に転がっただけ。
ルビアーノは喜色に満ちた表情のイルメアを眺めた。
次回『深く潜るは(2)』 「そんなにあの子を軍人にしたくないわけ?」




