朝日を浴びる(5)
(やってみるか)
ラウネスト・ラウダは悪戯っ子のような目つきで重力場レーダーの敵影を眺める。
「全艦、ハッチ開放。ナビオペ、アームドスキンを一度帰投させろ」
命令を下していく。
「そのまま逃がしてしまうおつもりで?」
「いいや、逃がす気がねえからだ」
「どうなさる気ですか?」
戦隊長は丸っきり理解してない。
通信士も司令の命令には逆らえない。困惑しつつも担当編隊に帰投を伝えている。
「ラウ司令、あきらめたのかしら?」
「俺はあきらめの悪い男なんでね。そのまま追っかけてくれてもいいが、馬鹿に付き合う気があるんだったらアームドスキンを戻して航法リンクをしてくれ」
ガンゴスリのへレニア副司令も戸惑いを隠せない。
「なにかするつもりですの?」
「捕まえるのさ」
「いいでしょう。付き合いますわ」
「機体数が多いだろ? 基台に戻さなくていいから機体格納庫デッキに収めてくれ」
どうやら、黙って付き合ってくれるらしい。信用を得ているとも思えないが、そこはライジングサンメンバーが彼に寄せる信頼を担保にしてる感覚だろう。
「アームドスキンを全部腹に収めたら全艦最大加速。進路、惑星の衛星軌道面。同時に反重力端子出力を20%までダウン」
つらつらと説明する。
「は? この位置でグラビノッツ出力をそこまで下げれば落下しますよ?」
「しねえよ。そのために加速すんだろ?」
「加速? もしかして?」
操舵士までもが疑問視するが、加えられた条件を聞いて納得した。理解はしただろうが、突飛な航法に頭を抱えている。
「あまり暇はないな。システムに計算させてタイミング出しさせろ」
ステアラーは腹を決めたようだ。
「どうする気です?」
「気がついたか? 戦闘艇はあきらめろ、ルオー。お前らだけ旗艦に乗ってけ」
「さっきのでわかりましたよ。ライジングサンは推力ゲインに余裕あるんで追尾できます」
とんでもないことを言い出す。
「本気か?」
「ええ、まあ、機体は無理なんで張り付きますけど」
「ついてこれるんならいいけどよ」
ラウネストは半信半疑だった。
◇ ◇ ◇
「パットもゼフィさんもライジングサンに取り付いてください。ブースター代わりにします」
ルオーも説明に困る。
「ブースター?」
「ラウっちはどうする気なんだ?」
「言葉だけで説明するのは難しいです。見てたらわかると思います」
他にやりようがない。
「お帰りぃ」
「仕方ないんで、このまま行きます。クゥも席を立ってはいけませんよ?」
「はーい」
『じゃあ、予想航路に加速するー』
言わなくともティムニは理解している。指示する必要がないのは楽でいい。
「艦隊は今、大気圏の上っつらあたりの高度です。反重力端子出力を落として加速してるでしょう?」
「してるけど……、まさか?」
ゼフィーリアの目にも艦隊がプラズマブラストの長い尾を引いている様が見えているはずだ。そして、薄い大気であるにもかかわらず、接している気体が摩擦で過熱し赤熱しはじめている。
「加速で重力と軌道遷移が均衡して惑星に沿った円軌道を描いています。つまり、低軌道加速スイングバイの最中です」
実際に見るとわかりやすい。
「スイングバイって、おい!」
「ラウ司令は本気です。重力カタパルトを使うつもりです」
「どうして、こういう発想が出てくるのかしら」
ゼフィーリアも呆れ声だ。
「ウェンディロフ艦隊は昼の面から楕円軌道で惑星平面外側に向かっています。同じ機動をしても、大気圏離脱が遅れた分だけ追いつくのに時間が掛かります。それを重力カタパルトで帳消しにするつもりなんでしょう」
「でも、あんなことしたら」
「中身は大変なことになってますよね」
マロ・バロッタの旗艦パレネードを含め、全艦が背面飛行をしている。外側に向けて掛かる慣性力を艦底に向けるためだ。ハンガーデッキの整備士はもちろん、パイロットも下に向けて1Gどころでない重力を感じているはずだ。
「わたしたちも結構キテるけどそれ以上じゃなくて?」
ライジングサンがかなり加速しているのでコクピット内もそれなりの慣性力を受けている。
「立ってるのがつらいくらいでしょうね」
「あの人、なに仕出かすかわかんないとこあるじゃん」
「どうしてまた、こんな無茶をする気になったのか不明です」
今や半ば流れ星のような尾を引いている戦闘艦の群れ。地上からはどんなふうに見えていることだろうか。
「十分に加速したところでグラビノッツ出力を元に戻して、艦体を引っ張っている重力の紐を切ると」
それまで加速した速度は全て惑星から離れるベクトルに変わった。紐で繋いだ重りをぐるんぐるん回しておいて、途中で手を放すと飛んでいく。戦闘艦を重りにして同じ現象が起こった。それが反重力端子を活用した重力カタパルトである。
「わお、一気に近づいてくるぜ?」
「合わせないといけません。ライジングサンももっと加速しますよ?」
「そのために取り付いたのかよ。これは半端なくねぇー!?」
さらに慣性力が増す。シートを回転させて加速方向に同期しないと耐えられないほどだ。艦隊も同じ機動をしている。
「十分な初速を得られましたし、軌道的にもショートカットをしたようなものです。で、どうなるかっていうと……」
「見えてくるわよね、敵艦隊が」
ゼフィーリアの言うとおり、ルオーたちは有視界で艦隊の影を捕まえていた。
次回『朝日を浴びる(6)』 「恨み骨髄といった感じじゃないです?」




