朝日を浴びる(2)
「だ、大統領! 政府のメッセージボードにとんでもない量の苦情が殺到してパンクしそうです! とてもではありませんが対応しきれません!」
各長官が集まった閣議に参加していた大統領のもとに補佐官が青い顔で駆け込んでくる。重要議題の最中にわざわざ割り込んでくるとは、かなり切迫した事態なのだろう。
「なんと言ってる?」
戦闘の膠着状態に頭を痛めながら尋ねる。
「国軍を早く首都上空から出せと。敵軍の盾に都民を使うなと言ってます」
「気づいたというのか?」
「盾に使ってらっしゃったのですか?」
その補佐官は先刻出した指示を知らない。
「どうせ一部の者だろう?」
「いえ、皆が口を揃えて言っております。連合艦隊はその気になれば国軍機を攻撃できるのにしないのは都民を気遣ってくれているからだと。大統領府はそれを逆手に取って都民を危険にさらすなと」
「ちっ!」
人質に使うつもりでも危険にさらすつもりはない。上空に国軍部隊が陣取っている間は、敵はまともな攻撃ができないばかりか接近してくるのも適わないのだから。
「とんだ勘違いを。程度の低い連中め」
吐き捨てるように言う。
「そうとも限りませんぞ」
「なんだ、軍務長官?」
「件のスナイパーによって国軍機三機が撃墜されております。都民はその様を見たのでしょう。政府批判の好きな報道機関も軒並み騒ぎ立てております。その気になれば攻撃できるとのアピールでしょう」
軍務長官の言に補佐官が続く。
「このまま都民の感情を逆撫ですると厄介なことになりそうです。ああ、とうとう政府は首都を明け渡せという者まで出てきました。敵司令官のほうがよほど都民に配慮してくれていると」
「馬鹿を言うな」
「これはしてやられたかもしれませんな」
発言の主を見れば、補佐官と負けず劣らず苦い顔をしている。アドバイザーのゼオルダイゼ大使だ。
「スナイパーがたった三機だけ撃墜してみせたのは、都民に騒ぎを起こさせる意図があったようです」
額を押さえつつ言う。
「撃墜して、連合側は攻撃できるぞと匂わせる。でも、攻撃を続けないのは都民に犠牲者が出てはいけないからだと思わせるためにやめたのです」
「そこまで計算してか? あんな小娘の策だと?」
「誰の作戦かはわかりません。が、壮大な伏線だった模様ですな」
大使は大きく息を吐いて続ける。
「まずは、無害に見えてしまう少女の司令官がプラント管理者と接触して言葉巧みに歓心を買う。自然と人気が出てくるでしょう? 彼女はその人気が衰えないよう振る舞ってきました。インタビューにも応じて、ウェンディロフの民間人にはなんの悪感情もないとアピールしながらここまで来た」
「そのとおりだが」
「で、ここに来てこの行動です。我らを劣勢に追い込んで有利な場所を選ぶよう仕向ける。そこが首都上空です。現在のシチュエーションで都民に勘違いするなと言っても到底聞き入れないでしょう」
全てが一つの流れだったという。連合艦隊が不利なはずの地上に強引に降りてきたのも、戦闘するでもなく国民との交流を選んだのも、首都近郊での戦術までもが国民の意識誘導をするための伏線。
「だが、大使殿、首都上空への後退は貴殿の進言だったではないか」
言い出したのは彼だ。
「残念ながら、私も意識誘導されていたクチですな。なにせ、目の前の戦闘結果しか見せられていない」
「責任放棄する気か?」
「放棄するもなにも、一蓮托生ですよ。都民の突き上げの対象の一人でしかない。わざわざ自ら窮地に陥るよう進言するわけがない。それとも、大統領閣下は私がZACOFのスパイだとでもおっしゃりたいか?」
視線には圧がある。
「いや、そこまでは言ってない」
「そう願いたいですな。あとは閣下のご決断次第です。このまま都民の苦情を無視して連合艦隊と対するか。あるいは都民の主張に屈して首都を放棄して逃げ出すか」
「逃げ出すなどあり得ん」
ずいぶんと心外なことを言われる。怒鳴りつけたい気分になるが、相手はあのゼオルダイゼの大使。そんな無礼を働けば後々厄介このうえない。
「しかし、このままでも事態は変わりませんぞ? なんなら、連合艦隊は件のスナイパーを使って国軍をじわじわと敗退にも持ち込める」
「閣下、都民の政府に向ける感情は悪化の一途を辿っております。いずれ暴動になるのではないかと」
補佐官までもがメッセージボードの確認をしつつ彼を追い詰めてくる。
「……宙港から政府専用船をこの大統領府にまわせ」
「もしや?」
「万が一だ。頭の悪い市民の手によって、我ら政府の頭脳が失われれば国は立て直せん。一時的に退避するのも必要だ。ゼオルダイゼ大使、この苦境を理解して、最悪の場合は本国に受け入れを打診してくれるな?」
「無論ですとも」
幸い、国軍の艦隊の大部分は今首都上空にいる。物量では敵連合艦隊の1.5倍を裕に超える三十隻の戦力があるのだ。首都を離れても、宇宙での決戦に持ち込めば逆転する可能性は高い。
(そう、これは戦略的撤退だ。必ず取り戻しに来るからな?)
このとき大統領は、危険視すべきは都民の反感だけだと勘違いしていた。
次回『朝日を浴びる(3)』 「はい、分別しないといけませんし」




