先を見据えて(1)
無数のビームが走る戦場を見上げるエスメリア・カーデル。幻想的にも見える光の饗宴は若干二十二歳の彼女の命を簡単に奪ってしまうもの。身を投じるには常に我武者羅な精神状態になるほど余裕が持てない。
(楽しさなんてない。当たり前なのだ)
国民の期待を背に受け、命や生活を守るために存在を許されている職責である。そう考えると苦しくとも当然だとも思える。
(あの頃は楽しいだけだった)
士官学校の学生だったときは、一年に一度の観兵試合に向けて専属の民間軍事会社のメンバーと訓練に明け暮れることも多かった。ともに切磋琢磨し、ときに笑い合ったパイロットたちは、今は妹の仲間となっている。
(彼らと栄光を分かち合いたいがゆえに頑張っていた。それが今はない。克己心だけを求められてる)
自分のために戦っていてはいけないのだ。国軍パイロットとはそういうもの。自分では触れ得ない成果のために戦わなくてはならない。
(どうやってモチベーションを保ってるんだろう?)
肩を並べるパイロットたちは多少の愚痴をもらしながらも懸命に日々を戦っている。エスメリアの家名に少しの気後れを覚えながらも、普段は対等に扱ってくれていた。背中を預け合えるに足る戦友と感じられる。ともに一戦一戦を勝ち抜く戦友と。
(具体的に感じられる目標を求めてるのか、私は。だったら、彼らと栄光を分かち合うのを目標としてもいいのか? それが、ひいては国民の利益になるというのなら)
頭を切り替えないとモチベーションが維持できない。であれば、そんな身近で手を伸ばしやすい目標のために行動してもいいのではないかと思う。
(ならば、なにをすればいい?)
目を走らせる。
現状は敵のほうが厳しい。数は多くても、背中には守るべき本国を抱え、しかもその背中さえ友軍に脅かされている。かなりきついはずだ。
(逃げるに逃げられない。でも、こっちとしては逃げてほしい。だったら?)
作戦を考えると頭が冷めてきた。
「あれを攻めてはいけないのか?」
「あれって艦隊ですか、第三戦闘隊長? 駄目ではありませんけど」
ウェンディロフ部隊は主にマロ・バロッタからの強烈な攻撃にさらされて意識がそちらに向いている。ガンゴスリ側からの攻撃は圧力になっていようが、下がるに下がれないという類のもの。無理して打ち破ろうという意思は感じられない。
「ほとんど動きそこねただけみたいな状態のなずなのだ。逃げる理由が欲しいんだと思う。ならば、作ってやればいい。違うか?」
「いや、違いませんよ。当面の攻撃目標には入ってませんけど、上申すれば通るかもですね」
「そうか。狙うと言ったら、貴官はついてきてくれるか?」
「やぶさかではありません」
声音に面白がる色が混じっている。戦場に身を移して、初めて感じるものだ。そして、民間軍事会社の仲間とはよく感じていたもの。
「ヘレン副司令、上申する」
特殊コードを付けて送信する。
「なあに、エスメリア戦闘隊長?」
「敵の意識が上に向いていると見える。艦隊を下から突きたい」
「なに言ってるかわかってる? 数で劣ってるのよ?」
ただでさえ難しい用兵だと言われる。
「このままでは敵も厳しい。潰し合うのが本作戦の目的ではないはずだ」
「そこまで考えてのことならいいでしょう。編隊四、連れていきなさい」
「そんなにか? 私はそれに見合う成果をまだ……」
「今見せたわ。私はそれに賭ける」
謝意を伝えて周囲を見る。早くもへレニアからの指示を受けたゲムデクスの部隊の半分が彼女の命令を待っている。
「いいのか? こんな素人の小娘に命を預けても」
「そんなもんで……、いえ、そんな職責を担っているのですよ、我々は。戦闘隊長殿は導いてくださるだけで結構なんです」
「恩に着る」
(そうか。待っててくれたのか)
ようやく気づけた。
(ただのパイロットとしてあたふたしてるだけじゃなく、私が私として意を示すのをずっと待っててくれたんだ。ならば、すべきことは一つ)
エスメリアは自分が求めるのではなく与える存在でなくてはならないと省みた。
◇ ◇ ◇
今は夜。彼らは不安を抱えたまま暗い夜空を見上げるしかできない。
上空では無数の光が瞬いている。アームドスキンによる戦闘が行われているのだ。そのうち、わずか一機だけでも彼らに牙を剥こうと考えただけで彼ら現地住民は全滅の憂き目に合う。実際にそんなことにはならないとわかっていても不安はつきまとう。
「ねーねー、とってもきれい」
上を指差し子どもが言う。
「駄目よ。寝室に入ってなさい」
「どうして? お父さんもお母さんも寝てる時間なのに起きてるのに?」
「なにかあってはいけないでしょ? ほら、わたしたちが見ていてあげるから寝ていなさい」
純真な子どもには不合理に感じたか、頬をふくらませる。
「ずるい。ミリーも見てたいもん」
「見ててもどうにもならないから」
「えー、だってほら」
ひと筋の光が流れる。
「落ちてきた」
「ああ、逃げないと!」
怖れていたことが起きてしまう。直接攻撃されなくとも、落ちてくることはあり得ると思っていた。巨大なアームドスキンが彼らの家を押しつぶせば誰一人として助からない。
「ミリー!」
「お母さん?」
影は容赦なく彼ら一家を狙いすましたかのごとく落下してきた。
次回『先を見据えて(2)』 「この方たちは……」




