苦難にも(3)
時空間復帰した艦隊は十隻以上を示すカテゴリⅣの反応を発している。つまり、必ずガンゴスリ艦隊も同期超光速航法で復帰しているはずなのである。
それなのに姿がない。ウェンディロフ軍参謀部は困惑を通り越して混乱した。消えた十二隻もの戦闘艦を探して偵察艇は右往左往する。その様子を嘲笑うように五隻のマロ・バロッタ艦隊は粛々と本星に接近してきた。
ならば迎撃体制を取らざるを得ない。わずか五隻の戦闘艦とはいえ、大気圏内まで降下されてしまえば脅威以外のなにものでもない。でき得るかぎりの対処をしているうちに高軌道軍事衛星の重力場レーダーにも艦影が映る距離まで接近してきた。
同時期にとんでもない事態が判明する。なんと、ガンゴスリ艦隊も高機動衛星の重力場レーダーでキャッチした。しかもそれが、惑星平面の外軌道側ではなく内軌道側、つまり主星である恒星側だったのである。
軍参謀部にとって驚天動地の出来事だった。
◇ ◇ ◇
「ミアンドラ様、予定どおりのタイミングです?」
「そのはず。こっちからも重力場レーダーに軍事衛星の棘が映ってるもん」
「では、今ごろはかなり混乱しているはずですが、もうなにもできないのでそのまま大気圏に降下してください」
「了解よ、ルオー」
ミアンドラは、万が一に備えてマロ・バロッタ艦隊に同行しているライジングサンのルオーとタイミング合わせの交信を終える。青年の計画は壮大なイカサマだった。心理の裏側を突く、とんでもない特殊作戦だったのである。
(誰もそんなことするなんて思わないもん。意表を突くなんてレベルの話じゃない)
確かにガンゴスリ、マロ・バロッタ両艦隊は同期超光速航法を行った。ただし、同時に時空界面突入して同地点に時空間復帰したのではない。ガンゴスリ艦隊だけ惑星平面内側にタッチダウンしたのである。
(通常は外側にタッチダウンするのを内側にしたんだもん。いくら探したって見つかるわけない)
惑星平面外側に時空間復帰するのには意味がある。星系の外側から来るのだから、なんとなく遠いほうからという抽象的な観念的な意味合いがなくもない。
だが、現実問題として重力偏向が影響するのだ。惑星平面外側であれば、恒星の重力も惑星の重力もほぼ同方向に働いている。しかし、内側では二つの重力が相反する方向に働いている。その状態が時空界面に影響して、タッチダウンポイントに誤差が出やすいのである。
(外側にタッチダウンするという常識を逆利用するとか)
問題があるので惑星平面内側は閑散としている。そこに着目して、少々の誤差など意に介しないとすればタッチダウンできなくもないのである。
(そのうえ、同地点にタッチダウンするって常識も無視してればね)
時空間復帰反応は確実に発生しキャッチされてしまうのだが、方向までは示されない。それは、時空界面がどこにでもある境界だからである。近傍であれば時空震は全方位から届いてくる。たとえ十二隻と五隻のの艦隊が分かれて復帰しても、同時であれば一つの反応としか捉えられない。
(そのまま隠密航行に入れば見つからないのはいいけど、ずいぶんと焦がされちゃった。攻略済んだら、一回塗装を見直さないといけないのよね)
彼女も知識としてのみ認識している。
もう一つだけ問題がある。惑星平面内側だけに恒星から放射されている宇宙線をもろに浴びることになる。なので、塗装に含まれているターナブロッカーとターナラジエータが消耗してしまうのだ。
放射線を変調して光周波数まで落としてくれるターナブロッカーは乗員を守ってくれる。赤外線を電波領域まで落としてくれるターナラジエータも装甲表面の過熱を軽減してくれる。ただし、劣化してしまう消耗品である。
(それじゃ、できるだけ穏やかに大気圏降下といかなきゃ)
ミアンドラは全艦に指示を出した。
◇ ◇ ◇
ウェンディロフ軍参謀部は惑星平面内側に出現した艦隊に対し打つ手がない。防衛艦隊は外側に向けて移動し、迎撃体制を取るまでとなっていた。今さら移動を命じても間に合わない。
それは、ガンゴスリ艦隊が内側にまわり込む時間がなかったのも同時に示しているが、すでに重力場レーダー圏内に迫っているのは紛れもない事実である。せめて、接近してきているマロ・バロッタ艦隊を阻止するしかない。
防衛艦隊の大部分を降下させて、眼下の首都防衛に配置するのが最低限の措置である。地方都市を放置することになるが、統治機能を失うよりはマシという判断だった。
ところが、ガンゴスリ艦隊は実に穏便に降下する。地方都市や各施設を攻撃しないのはもちろん、各都市から発進してきた警察機に発砲さえしなかったのである。ただ、発進したアームドスキン部隊は艦隊を警護して、数のプレッシャーだけで地上まで降りてしまった。
そんな状態なので、緊急対応の星間平和維持軍戦闘艦二隻も当該艦隊を監視したまま随行しているだけ。特に停船勧告も行わないままである。
当然だ。民間への攻撃意思を示さなければ近くで監視する以外やれることがない。なに一つ星間法に触れる行為がないのだから。
しかも、その後の両艦隊の行動が参謀部を青ざめさせることになった。
次回『苦難にも(4)』 「右翼、遅い。薄くなってる。なにやってんの!」




