未練残すは(3)
「ガンゴスリはだからこそレジット人を手放したがらないのか。いや、ルオー・ニックルはそんな重大な事実を知っていて君たちをガンゴスリに売っただって?」
頭にカッと血がのぼる。
「絶対に許せない。それで軍事コンサルタントって地位と対価を手に入れるのはどうなんだ?」
考えが振り出しに戻っているのに気づけない。それくらい頭にきていた。
「反対だよぉ」
クーファは否定してくる。
「どっちかっていうと、売られたのはガンゴスリのほうかもぉ」
「どういう理屈で?」
「レジットの血が入ったらどうなると思うのぉ?」
長生になるのは自明の理である。
「ガンゴスリばかりが得をするように聞こえる」
「ううん、あの国は今のままじゃいられなくなってぇ」
「今のままじゃいられない?」
変化が予想できない。良いことずくめにしか思えないのだ。しかし、クーファはデメリットがあるように語る。
「混血が進んでぇ」
長生を求めるのならばそうなる。
「知識を溜めやすくて器用でわりと多産で長生きする種族とのミックスだよぉ? どっちの血が強いと思うぅ?」
「レジットか」
「この先何百年か、たぶん千年もすればガンゴスリはレジット人ミックスの惑星になるのぉ。純粋なガンゴスリの人はほぼいなくなってぇ」
まるで征服されるかのようだ。
「いくらなんでもそうは……」
「ううん、ほんとぉ。ルオはそう言ってたし、クゥもそうなっちゃうと思ってぇ」
「ガンゴスリはそれ知っていて受け入れたと?」
さらに驚愕の事実を突きつけられる。ダーバンにしてみれば正気の沙汰とも思えない。
「ガンゴスリは血が絶えても構わないと思ってるのか?」
結果としてそうなる。
「強くなれるんならそれでいいんだってぇ。人も色んな変化をしていかないといけないって言ってぇ」
「信じられない」
「普通の人はそうだよねぇ。自分たちの血がなくなっちゃうの怖いもん。だから、ガンゴスリはレジットの血が外に出るの制限するみたいなのぉ。星間管理局も了解してるぅ」
違う種族同士が共生することの意味の重大さを思い知らされる。それは、強い血を持つ側の勝利なのだ。人類に限らず、生物の摂理である。
「ガンゴスリはレジット人の拡散防止に努めると」
人類がそれを許容できるくらい文化的に進化するまで。
「レジットはガンゴスリが守ってぇ、クゥはルオが守ってくれることになってるのぉ」
「ルオー・ニックルはそこまでの覚悟を」
「だよぉ。だから、クゥはルオが大好きぃ。ずっと一緒ぉ」
その選択には先がある。
「あいつはそれでいいと?」
「うん、クゥを残して先に死んじゃうかもしれないけど後悔しないってぇ」
「俺は……、俺はウェンディロフの皆に血が絶えてもいいかなんて問えない」
「それが普通ぅ」
クーファは朗らかな声音で告げる。それが切なくも悲しくもあった。彼女もルオーから繋がるはずだった人類種の家系の血を絶やしてしまう覚悟があって今の居場所を大切にしたいと言っている。
(とてもじゃないが真似できない)
ダーバンはコクピットでがっくりと項垂れた。
◇ ◇ ◇
(しゃべっちゃったかー)
ティムニのダーバンに対する評価は「軽率」だ。拡散してしまう危険性を拭えない。
(まあ、百年としないうちにバレちゃう事実だしいっかー)
レジット人は老化も遅い。いつまでも若々しい外見に不審を抱く外国人も少なくあるまい。いずれ公表されることになるが、まだ少し早いと思っている。
「どうしたんです?」
話していた彼女が急に踊るのをやめたのをルオーは怪訝に思ったらしい。
『クゥが例のパイロットと話してたんだけど、レジット人の寿命のことも言っちゃっててー』
「あー、まあそんなに厳密に内緒と言い含めたわけでもありませんですし」
『もうちょっと落ち着くまで秘密にしときたかったかもー』
ゼムナの遺志はレジット人の評価をまだ定めていない。
「心配する気持ちはわかります。なにしろ、ガンゴスリ国民でさえ大多数の人が彼らの真実をまだ知らない状態です。おかしなところから拡散するのは面白くありませんね」
『それもあるー。無作為に血が混じっていくのは防げそうだからいっかー』
「反発の可能性を考えると近いうちに発表したほうがいいかもしれませんね」
ルオーは至って他人事である。彼にとっても重大事でもあるのだが。
『大丈夫ぅー? ルオーだって同じ傾向の問題を抱えてるんだよー?』
クーファと結ばれればの話。
「僕の家系だとか家名なんて大して意味のあるものじゃありません。気にすることないです。クゥの残りの人生半分を幸せにできるのなら」
『二人の問題だから心配してないー』
「じゃ、なんです?」
彼にもその選択の意味がわかっていないらしい。確かにまだ教えていない事実もある。ルオーの血のこと。
(戦気眼能力は遺伝する異能なのだー)
データは物語っている。
(もし、二人に子どもができたら、長生で器用で身体能力も高い戦気眼持ちが生まれちゃうー。たぶん、将来のパルミット宙区の守護者になるはずのー。あたし、代々面倒見ないといけないやつー?)
ティムニは自身もとんでもない運命に携わってしまったと感じていた。
次回『旭の向こう(1)』 「やることは一緒じゃないです?」




