邂逅し(5)
「もう、かまいませんか?」
その一言で、ルオーはダーバンが気の済むまで自分の考えをぶつけてくるのを黙って聞いてくれていたのだと知る。それはクーファの気持ちを大事にしている裏付けに他ならない。
「なにがあろうと彼女を渡したりはしませんよ。あなたの自分勝手な妄想にクゥを付き合わせる気なんてありません。そろそろ自覚したんじゃないです?」
冷然と宣告される。
「だとしても、だ」
「だいたい、ここでなにをしてるんです? あなたの任務は今後同盟に加わるかもしれないダ・トリファーの人々を守るものではなかったんです?」
「う……」
思わず振り返る。
「放り出してきてしまったんでしょう? 自分がなにをすべきかわからない人がクゥを守れます? 僕にはそうは思えません」
「だからって、お前の勝手に付き合わせるのが正しい道理じゃない」
「それが彼女の望みだからです。誰かと心を一つにして目的を達する。そんな普通の出来事がクゥにとってとても大切なことなんです。わかってあげられません?」
ダーバンはクーファの生い立ちは知らない。ただし、誰かと一緒にいても、彼女はひどくふわふわとして安定しない印象を抱いた。それは、人との関わり合い方に自信がないからだと今にして気づく。
(俺はそのふわふわとした印象を愛らしいと感じてしまっただけなのか)
その考えが胸に落ちてしまった。
「騒がしくなってきました。デモ隊が観衆と衝突してしまったのかもしれません」
遠く争乱の声が聞こえる。
「本当はここであなたを戦闘不能にしてしまえばデモ隊に向けられる銃口が減ると思ってます。でも、しません。クゥが苦しむので」
「お前は!」
「せめて、早く行ってください。容赦にも限度があります。僕たちももう退くことにしますので」
これ以上の関与はしないと言う。ここで食い下がって無駄に刺激すれば、ライジングサンとウェンディロフ兵の激突に至るかもしれない。回避すべきと判断する分別が残っていた。
「……仕方ない」
「ダブの気持ちは嬉しかったぁ。でもねぇ、クゥはもう生き方を選んじゃっててぇ」
「今は行ってくれ」
(心の整理をしないとクーファさんに響く言葉なんて出てこない)
ダーバンは黙って背を向けた。
◇ ◇ ◇
『フランセスカ議員の政治集会における反戦デモ隊との衝突では多数の負傷者が発生してしまいました』
ライジングサンに戻った三人は操舵室で星間管理局発表のニュースを観ている。こういう政治的なニュースでは、政府や民間メディアのものだと偏った切り取りがなされている可能性が高い。
「ごちゃまぜな感じです。これでは駆けつけてもなにもできなかったでしょう」
「死者が出なかっただけマシってパターンじゃん」
争乱の映像をバックにAIアナウンスが流れている。
暴力沙汰にはなっている。しかし、ウェンディロフ兵士による発砲には至っていない。ここで武力行使などすれば一方的な批判にさらされると判断されたのだろう。
「パットはライブ映像で監視してくれてたんでしょう?」
「観てたけどさ」
コクピット待機中は他にすることもなかったであろう。
「僕たちはちょっと足留めされてたんで片手落ちでした。まさか、あんなとこまで追ってくるとは思ってませんでしたから」
「さっき聞いたウェンディロフのパイロットか」
「クゥがはぐれちゃったとき一緒にいた男よ。なんだか、連れ出そうと必死だったけど」
ゼフィーリアがパトリックに事前に説明している。
「よくわからん。君を自分のものにしたいって言うなら心の底から同意するんだけどさ、クゥをか?」
「パッキーはひどいのぉ」
「お前がパッキーって呼ばなくなったら改めてやるさ」
「じゃあ、よくてぇ」
「そこまでして呼びたいのかよ!」
余った体力をツッコミに消費させられている。それでなくとも留守番させられて不満たらたらなのである。自分だけ女性二人はべらせて出掛けたとルオーは責められていた。
『この事態に際し、フランセスカ議員は遺憾の意を表明しております。今後は同盟加入に対し公正な議論を議会にて行うと公言し、国民には自制を促す姿勢を示しています』
「まあ、そう言うわな。他に言いようがない。私のために戦いなさいとか言ったら支持者にもドン引きされる」
パトリックは茶化している。
「裏ではどう思ってるかわからない。そうでなくとも、この時勢で政治集会しようっていうのだから衝突させようと画策したも同然じゃなくて?」
「デモ隊の暴走がご希望だったのかもね」
「有利に導こうって底意は見え隠れしてるかしら」
ゼフィーリアは厳しい。
『関連事項として、星間保安機構が周辺ビルにて遺体を確認しております。状況から、フランセスカ議員暗殺を目論んだものと見られています』
インパクトの大きいニュースを挟んでくる。
『調べましたところ、身元はウェンディロフ国籍を持つ工作員だと判明しております。反戦派による暗殺計画ではないとの予想です。どういった思惑による行動なのか、当局でもウェンディロフに対し質すとの警備部の見解でした』
「ぶっこんできましたね。これはウェンディロフ側がどんな反応をするか気をつけてないといけなさそうです」
「まいったな。やりあう気満々じゃん」
管理局がウェンディロフを危険視していると公表したようなもの。
可愛く舌を出すゼフィーリアに苦笑するルオーであった。
次回『未練残すは(1)』 「お前、捕まるんじゃね?」




