ならぬ相手と(5)
クーファを連れてもどったルオーは、それぞれに帰っていたパトリックたちとライジングサンのカフェテリアで合流する。ゼフィーリアは猫耳娘をハグして、はぐれてしまったのを謝っていた。
「というわけで、相当数の乗員が地上に降りていると思ってください」
捜索する間にも街の動向をチェックしていた彼は報告する。
「強引に制圧して軍を出させる気じゃないんだな? オイナッセン宙区じゃ最近、常套手段みたいになってる感じだったが」
「搦め手みたいです。そろそろ管理局も目溢ししてくれそうにないと覚りましたか」
「でも、なんかやらかす気は満々ってやつだな」
兵員を降ろしているのは単なる休暇ではあるまい。
「無論です。参戦派を盛り立てるように動くでしょう」
「具体的には?」
「工作でしょうね。見えてるウェンディロフ軍人とは別に諜報工作員を入れていると考えるのが順当です」
別々に動いてそれぞれの役割を演じる。兵員のほうは、見るからにそれとわかるほうが都合がいいらしい。
「やるとすれば、テロに見せかけた工作?」
ゼフィーリアが掘り下げてくる。
「おそらくは」
「政治や軍の要人が狙われる可能性が高いか。反戦派の政治家の動向を調べたほうがいいな」
「いえ、逆です」
ルオーはパトリックの言を覆す。
「狙われるのは参戦派の政治家と思ったほうがいいでしょう」
「そっか。反戦派が過激な行動に出たと見せるわけだな」
「そのほうが心理面で効果的ですから」
ポイントとなるのは心理面である。プロパガンダを使ってきたということは、政府を得心させたいのではなく国民世論を誘導したいのだ。世論に押される形での出征へと動かしたいのだろう。
「リストアップするのは参戦派政治家ね」
AIに昨今の言動からピックアップさせる。
「その中で、一番大きな政治集会を予定しているのは誰です?」
「彼女よ、フランセスカ議員」
「女性ですか。なおさら都合がいいのかもしれません」
犠牲者として心理効果が大きい。
「暗殺されかける、あるいは暗殺される。そのとき、参集した支持者を居合わせたウェンディロフ軍人たちが警護しつつ避難させたとしたらどう映るでしょう」
「ゼオルダイゼ同盟は本当にオイナッセン宙区の市民を守ろうとしてるみたいに見えるな」
「そのために身分を誤魔化さずに軍人を多数、国内に入れていると思って間違いないです」
要は自作自演である。偶然を待つほど悠長ではあるまい。
「女性政治家が狙われるという極めて衝撃的な状況を作り上げます」
ルオーは淡々と説明する。
「そこでウェンディロフ軍人があからさまに守護の姿勢を見せる。世論はどう動きます?」
「ZACOFがパルミット宙区の勢力まで引き入れてオイナッセンの勢力図を塗り替えようとしているのは事実。阻止したければ、ダ・トリファーも同盟に加入するのが正しい。そんな感じかしら」
「ゼオルダイゼのプロパガンダに沿った形に流れていくでしょう」
単純であるがゆえに受け入れやすい。
「じゃあ、君はどうするの?」
「暗殺を阻止します」
「未然に? それだとZACOFの正当性を主張できないけど?」
自分たちに有利には働かない措置である。だが、それでいいと考えていた。
「僕は影にひそむスナイパーなんです。派手に演出するなんて似合わないと思いません?」
当たり前のように言う。
「地味ね。もっと欲しがらない?」
「嫌です。いいところを持っていくのはミアンドラ様やラウ司令が最適です」
「失敗したらもっと露骨に動いてくると思ってるわけね。そのとき、颯爽と登場してダ・トリファーを救うのが連合艦隊って寸法かしら?」
ゼフィーリアがあとを引き取ってくれるので楽だ。
「そんな感じです」
「仕方ないわね。じゃあ、わたしたちは君のバックアップで」
「お願いします。ところでクゥ、はぐれるほど夢中になっていたのはなんでです?」
一段落したところで不思議だった点を思い出した。クーファが大人しすぎるのも怪訝に思っている。
「これぇ」
持っていた袋を彼に差し出してくる。
「ちょっと早いけど、バレちゃったからあげるぅ」
「なんです?」
「誕生日プレゼント。街に出たのはそれが目的だったの」
ゼフィーリアに意外な事実を告げられて驚く。
「僕のです?」
「うん、ルオのぉ」
「ありがとうございます。開けてみても?」
早速中身を確認する。出てきたのは緑の布製品だった。広げてみるとハンカチにしては大きな正方形をしている。
「あら、バンダナね」
言われて気づく。
「似合いそうな気がしてぇ」
「なるほどな。着けてみろよ」
「こうでしょうか?」
σ・ルーンの額部分が隠れるように巻いてみる。
「お前にしてはいいじゃん。ちょっと鮮やかめの緑ってのがポイントだな」
「ええ、素敵。いい感じよ、クゥ」
「えへぇ」
感動してクーファの頭を抱き寄せる。嬉しそうに耳がパタパタとしていた。
「スナイピングのとき、前髪が気にならなくなるのもいいです」
「お前、そういうとこ駄目だぞ」
「おや?」
笑われる理由がわからないが、女性の心理には自信がないので致し方あるまい。重ねて感謝を送るのみである。
「ところで、ゼフィさんは管理局ビルに用事はないんです?」
「当面はないかしら」
「そうですか」
(管理局は静観の姿勢かぁ。じゃ、こっちはこっちで動いて構わないみたいだね)
ルオーはクーファの耳を揉みながら考えていた。
次回『ならぬ相手と(6)』 「俺は君を悪いようにするつもりは欠片もないから」




