深き逢瀬の(1)
コレット・クラニーは憤慨している。彼ら傭兵部隊が信奉している英雄バロムをモンテゾルネを始めとしたゼオルダイゼ同盟対抗機関連合軍の国々が軽視する傾向が強まっているからだ。
(それもこれも、あの民間軍事会社の連中が口出ししはじめてから)
色黒のイケメンは確かな腕をしているようだし、黒髪の目の覚めるような美人もいい動きをしていた。スナイパーの援護も卒がないものだとも感じる。ただし、その冴えないスナイパー男はどうにもバロムをよく思っていないとみえる。
(活躍が気に入らないんだ。おこぼれ拾いのたかが宇宙屋が、コネが効くからってでかい顔して。自分を高く売ろうとしてるだけのくせに)
精悍な彼らの英雄と違い、貧相な男が突っ掛かってくる姿は憐れにも思える。それなのに、他の艦隊は青年の肩を持つような動向をしている。その図式が面白くないことこのうえない。
「ねえ、バロム。あいつに一泡吹かせてやってよ」
前を行く男に擦り寄る。
「つまんない理屈をこねて、あんたを貶めようとしてるのよ。腹が立つじゃない」
「気にするな。と言っても無理か」
「なるでしょ。あの女司令も口の汚いおっさんも、白兵戦もできない根性なしの意見ばっかり聞いて。おかしいじゃん」
口ばかりの男に見える。
「バロムが目立ってるのをうらやんで追い落とそうとしてくるかもよ?」
「できんよ。ZACOFは戦力的に俺たちを無視すると立ち行かなくなる。そうだろう?」
「だけどぉ」
傭兵部隊は機材面でリードしている。それというのも、組織の大きな傭兵協会にはビックメーカーのアームドスキンが多数入ってくるからだ。
イオン系駆動機搭載の新機軸機の実機試験やチューニングは中央のクロスファイトなどで盛んに行われているものの、実戦データ収拾となるとそうはいかない。そこで、常に戦闘の前線にいる傭兵協会のパイロットに頼る。レンタル機として導入されていた。
「国軍は導入が遅れている。新型機材を運用している傭兵でなくては、進んだ機材をふんだんに投入しているゼオルダイゼ同盟に対抗できない」
それがZACOFでも彼らだけが突撃できている理由である。
「そうそう、一番きつい仕事してるのにさ」
「主導権を渡す心配は少ない。ガンゴスリみたいな例は稀だ」
「機材が手に入ったのはただの幸運だもんね。いきなり使えてたのは意外だったとしても」
ホーコラ会戦で出番がなかったのが不思議だ。まさか、初陣に近い部隊があれほど戦えるとは思いもしなかった。恩を売るつもりだったのが拍子抜けしたものである。
「稼がせてやる。心配せず俺についてこい」
「バロムのそういうとこいい。頼りになる」
彼の腹心の座に収まってからはいいことだらけだ。部隊内で大きな顔ができる。女性陣パイロットの憧れも一身に浴びていた。
「あんな消極的じゃ長続きしない。いずれ俺たちがメインに立つことになる」
「盟主星に時間を与えてるようなもんだしね。今以上に強化されたら手がつけられなくなるだけ」
ゼオルダイゼの生産力は馬鹿にできない。ホーコラを失ったとて減退するほどではないはずだ。労働力として使われていただけなのだから。
「だが、当面は自重しろ。手柄が欲しいだけと言われるのは業腹だ。協調してアデ・トブラに当たる」
「言う事聞くから。だからね?」
「わかった」
コレットはバロムの腕を私室に引っ張った。
◇ ◇ ◇
本星からは次々とダミープレートが運び上げられてくる。損失した分は余裕で補給された。しかし、失われたナッシュは補給が効かない。
(ツワラドもナッシュもあたしもお互いにフォローして戦ってきた。命を救い合ってきた仲なのに、ライジングサンがそれをぶち壊しにした)
イルメアは腹の底から煮えたぎったままである。どれほどムザに抱かれて慰めてもらおうとも収まるところを知らなかった。
(絶対に墜としてやる、ルオー・ニックル。お前が来てから調子が狂いっぱなしなの。恥辱に耐えて戦場に戻ってきたのはあんたに復讐するためなんだから)
一時は捕虜にまで身を落とした。国際協約で本国に戻れたものの、ムザ隊の名誉は地に落ちている。回復させるのに、彼女の男は矜持を捨てて走りまわっていた。彼を癒せるのならいくらでも身を捧げられると思った。
(それなのに、今度は仲間の命まで)
我慢ならない。
(こすっからい宇宙屋風情が出過ぎた真似を。代償は大きいわよ。報いは受けてもらうわ)
燃えたぎる感情が彼女の中を駆けめぐる。多少でも冷まさなければ発火してしまいそうだ。ムザとの情事だけが多少の猶予を与えてくれる。
「ああ、ムザ。あたしはこのまま燃え尽きてもいい。でも、あの男だけは道連れにしてやるから」
「そんなことを言うな、イルメア」
ベッドの上で慰めてくれている。
「生き残った自分やお前が二人に手向けられるのは勝つことだ。生きて凱歌をあげることだ。それこそがあいつらの望みだと思えんか?」
「でも、許せない」
「お前の熱さは嫌いじゃない。だが、戦場では冷徹であれ。スナイパーたる自分に誇りを持つんだ。それこそが生き残る道なのだ」
イルメアは彼女を思いやってくれる男の唇を貪った。
次回『深き逢瀬の(2)』 「ルオーったら子ども扱いしないで」




