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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
縁なき衆生は度し難し

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思いしは(5)

 戦闘艇ライジングサンはモンテゾルネ旗艦クーデベルネに直結(ダイレクト)通路(パスウェイ)を繋げる。撤収後に三時間の休憩を入れていたので身綺麗にできた。請われていたので作戦室に向かう。


「よう!」


 ルオーは背中をどやしつけられる。振り返ると、髭面の男が立っていた。口調とは異なり、静かな空気をまとった司令官、彼らにとっては教官だった人物である。


「ちっとは逞しくなったか。いや、大して変わらんな」

 いきなり貶される。

「勘弁してください。軍人気質じゃないことくらいラウ教官はご存知でしょう?」

「いや、まったくだ。お前がこっちの業界で有名になるなんて思いもしなかったぞ」

「少しは歯に衣着せるくらいの配慮をいただけません?」

 肩を落とす。

「言葉強いけど、パットみたいにオス臭くないのぉ」

「ってことは、パトリック、お前もあいかわらずなんだな」

「オレは博愛主義者だっての。女性限定だけどな。そんなのラウ教……、いや司令官殿って呼ばれたいかい?」


 形容するなら豪胆が一番相応しいだろう。いつも泰然としていて、自分がこうと思ったら曲げない。ルオーがパイロットクラスに据え置かれたのは、彼の推薦が強かったからだと噂に聞こえてきた。正確には陰口だったが。


「化けるかと思ったってのに、さっさと逃げ出しやがって」

 当てつけがましい。

「だから恩返しに来たじゃないですか」

「足りねえな。もっと張り切れ」

「そんなタイプじゃありませんよ」

 さらに恩着せがましい。

「ラウ司令こそ、戦場に飛ばされるほどの悪さをしたんです?」

「してねえよ。お歴々に蛇蝎の如く嫌われてるだけだ」

「人徳ですね」


 スリーパーホールドを決められる。体格では比べものにならないので抵抗する術もない。ぐったりと垂れ下がる。


「こんな美人さんを侍らかすとかいいご身分じゃねえか」

 ふふふと笑っているゼフィーリアに視線を移している。

「口説いてみればいいです。奥方に寝てる間に坊主にされても知りませんけど」

「冗談はよせ。俺はまだぞっこんなんだぞ」

「じゃあ、生きて帰るためにこの手を放してくれません?」

 自力で振りほどく努力など放棄している。

「しゃーねえな。口とトリガーに掛けた指だけは達者なんだからよ」

「見せたくなかったです」

「遅えよ。あんな芸当隠し持ってやがって」


 カウンターショットも見られている。地上ではもちろん、宇宙演習訓練でさえも禁じ手にしていた。


「お前、勝つ気か?」

 ラウネストが肩に腕をまわして声をひそめる。

「業務契約の成果として求められているので最大限の努力はします」

「そんなん訊いてんじゃねえってことくらいわかんだろ。同盟クラスの戦力規模を持つ相手に半分以下の戦力で勝てると思ってんのか?」

「見込みがゼロじゃないのを理解していらっしゃるからラウ教官も拒まなかったんでしょう?」

 面白がっているような視線が返ってくる。

「やり方次第だ。これまでの会戦の流れを見ればなくもない」

「僕はデヴォーさんなら不可能ではないと思ってるだけです」

「たった三機で国軍首都防衛部隊のクーデターを阻止できるくらいのお前たちが手助けすれば、だろ?」


 第三者視点で感じられるほど可能性としては低くないと思っている。ただし、同盟と違って土台の弱い連合軍には不確定要素が多くて、具体的根拠は示せないと伝えた。


「難しいよな」

 苦い表情になっている。

「特にオイナッセン宙区の国は、仮に同盟を解体できたとしてもその後の勢力図ってのが絡んでくる。それぞれの思惑があって裏で牽制しあってんな。土台が弱いってのはそういうことか」

「それだけでもなさそうな気がしてます」

「なんだ?」

 眉をひそめる。

「同盟にしても、これは勝てる目算が立っての戦争だと思います?」

「仕掛けられたら受けて立たなきゃならん立場だ。宙区で幅を利かせつづけるためにはな」

「だからこそ、勝てる公算が高い戦争しかできないはずなんです。事実、これまでは経済侵略に近い手法を用いてきました。それなのに、本件に限って妙に強引です」


 メンツがどうこうという域を超えているように感じている。子どもや、しがらみの少ないアウトロー同士の抗争ではない。


「気づいてたか」

 及第点をもらえたようだ。

「メディア戦略もゆるゆるです。本当なら真っ先に手を入れてプロパガンダ発信をするところでしょう? ところが、そういった傾向はあまり見られません。そのあたりがビスト翁が付け込む隙になっています」

「だよな。別の宙区からとなると、おいそれと手を出しにくい。なのによ、建前を作ってくれと言わんばかりの無策ぶりだ。企みがあるとしか思えん」

「負けたがっている、と思えるほどです。そこまでいくと過言でしょうが、普通の戦争とは感じられないのも本当。慎重にならざるを得ません」

 連合への不用意な深入りを避けているのはその所為もある。

「それだけわかってんなら言うことはねえ。が、ブレーキの効かない事態になってるのも間違いねえ。どこへ転がす?」

「できるだけ明るいほうへ。僕たちはライジングサンですので」

「大人になったな。じゃ、老いぼれには楽させてくれよ」

「高いギャランティ分は働いてください」


 甘えてくる大人は突き放すルオーだった。

次回『思いしは(6)』 「その言われようは遺憾ですな」

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― 新着の感想 ―
更新有り難うございます。 信頼の上の軽口の応酬、良いですねw
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