白む空見て(1)
室内は重苦しい空気に包まれていた。
そこは傭兵艦隊所属の戦闘艦ソートレスの作戦室。集っているのは実質的な傭兵のリーダーのバロム・ラクファカル、サブリーダーのコレット・クラニーとバッチナ・ドルマン、ウクエリ軍監のダリミル・グラーゼにデトロ・ゴース軍監のカシュバル・ゴントノザである。
(予想が外れたのは完全に計算外だった)
ダリミルは深刻な表情で取り繕っている。
彼らの目算では、ホーコラ星系でのゼオルダイゼ同盟艦隊とガンゴスリ遠征艦隊の会戦は良くて痛み分けだった。ところが、蓋を開けてみればガンゴスリの圧勝である。少なくとも劣勢に追い込まれる場面があり、そこへ彼らが救援に入る形で体面を保とうとしていたのだ。
「こんなんじゃ立つ瀬がないじゃんねー。どうしてくれんの?」
コレットが当てこすってくる。
「しかし、読みが外れたのは我らの所為では……」
「そんな流れになるだろうから、ホーコラには強い姿勢で臨んでもいいって決めたの、あんたたちでしょ?」
「確かにそうだが」
本当の理由ではない。ウクエリやデトロ・ゴースにとってホーコラは大した存在ではなかったのだ。正確には、この紛争にあまり強い影響力を持ってもらっては困る相手である。元は同盟国の一つであったのだ。本来であれば敗戦国になってくれねばならない。
ところが、ガンゴスリがしゃしゃり出てきて救済してしまった。しかも、今後は互恵関係になるであろうことは明白。彼らが描く、戦後のオイナッセン宙区の勢力図が変わってしまう。
(間違いであったか)
最初はガンゴスリの加入を歓迎した。多少弱体化したとはいえ、宙区最大の戦力を持つ同盟軍である。ZACOFだけで勝利を得るにはあまりに時間が掛かるであろうとの見解だった。
そこへ隣接宙区であっても、強大な戦力を保有する軍事大国がやってきたのだ。戦局の大きな展開点になると思える。作戦にも幅が出ると考えていた。
(しかし、あくまで主導権はこちらになくてはならない)
モンテゾルネはともかく、メーザードやホーコラといった元同盟国は関係的に格下として扱う予定である。それが、もろくも崩れ去りつつある。ましてや、別宙区の国家に主導権を握られるのは困る。
(順調だったのに、どこで間違った?)
傭兵艦隊にバロムという英雄が現れたのは幸運だった。これで主導権は我が方にあると確信できたのである。彼の強さは本物で、戦局に多大な貢献をし、両国の戦後の発言権を強めるに最適なのだ。
(ゼオルダイゼがガンゴスリと事を構えるほどの下策に走らなければ)
参戦はなかったはずである。
「責めるな、コレット」
バロムが諌めている。
「軍監殿も予想外だったのだろう。まさか、ガンゴスリとホーコラを繋ぐ者が出てこようとはな」
「そうなのだ。名は知っていたが、まさかあれほど発言力を持っていようとは」
「ライジングサン。あれが来て歯車が狂ったな」
かの御仁もそう感じたらしい。
「でもね、補給地や整備拠点を確保するのは契約の内じゃない。それがままならないと、うちら傭兵はまわんなくなっちゃう」
「それも確かなこと。ホーコラが使えなくなった以上、別口を用意してくれるだろう」
「わかっている。考えるから待ってくれ」
モンテゾルネは序盤からいい顔をしていなかったので頼みづらい。当初は主導権争いを加味したうえで、一線を引いてきていると思っていた。実際は、司令官のデヴォー・ナチカとバロムとの戦術観の違いである。
(最近は明らかに敬遠されている。このままでは……)
ZACOFの体制が崩れそうだ。
(モンテゾルネがライジングサンと近かったのも誤算だ。まさか、あれほど接近しようとは)
なにもかにもがライジングサン、それもルオー・ニックルという冴えない青年をハブにして回りはじめている。それは彼のウクエリやデトロ・ゴースにとって非常に面白くない情勢であった。
「状態は良くはないが、悲観するほど悪くもない。戦闘継続は可能」
バロムは淡々と告げる。
「ただし、それは我ら艦隊の状態の話であって、現在のZACOF内の情勢の話ではない。現状は思わしくないのだろう?」
「そうだ。どうにかならんか?」
「やってくれるのだろう、バロム殿?」
カシュバルも彼頼みである。
「善処する。しかし、それまでだ。どうあっても戦力的に限界がある」
「難しいかね?」
「現状はこうだ」
男は投影パネルに関係図を描いていく。
ガンゴスリが一大勢力として台頭してきた。モンテゾルネはメーザードとの関係性を深めて一大艦隊を形成しつつある。それぞれが十二隻と十隻分のしっかりとした戦闘部隊を保有している。
対して、傭兵艦隊は四隻しかいない。連合として共闘関係は築いているものの、孤立化傾向にある彼らは戦力として弱い。両陣営、どちらかと手を組まねばまともな作戦行動は難しいのが実情となる。
「考慮してくれねば、おそらくお二方が満足できる結果は得られないであろう」
バロムにも無理だという。
「両陣営が味方につけるべきと考えねばならないほどの戦力規模でなくてはならないと考える」
「それは、つまり?」
「増軍の提案だ。最低限、今の二倍はいないと釣り合いが取れない」
厳しい話である。
「あくまで、目的を変えないのであれば、だ」
「わかった。本国に打診してみよう」
「艦隊を派遣するにも倍額とはならないだろうから安心していただきたい」
ダリミルも英雄バロムの条件を飲まねば以後が厳しいと考えた。
次回『白む空見て(2)』 「変な経歴。やる気あるんだか、ないんだか」