真相に触れ(2)
男はブツクサと不平を吐きながら路地裏を行く。
「なんだよ、さっきの男。ツラが良いのをいいことに好き勝手ほざきやがって」
逃した客の話だ。
「ああ、自分はパイロットだから仕事に支障が出るのは困る? そういうのに頼らなくたって最高の夜にしてやるだあ? 人殺しのアームドスキン乗りが善良な市民に向けて言えた義理か? くそったれ」
顔見知りのいかれた女でも、たまに客を連れてくるのでいい顔をしていた。今夜の客は紫の髪に青い瞳の色男。少しは金を持っていそうだから相手する気にもなったのに、いざ『ハイプ』を出したら要らないと抜かした。
「すかしやがって。河岸変えねえでやってられるか」
足早に路地を歩く。
ハイプはここ一年で急速に拡散した麻薬の一つだ。どうやって生産してるかは知らないが一気に大量に出回っている。今一番の稼ぎになっていた。
最初は実験的だったのか、安価に出していたが現在は値上がりを始めている。初期から使っている者はもう抜けられない。品薄になってきて吹っ掛けようが買ってくれる。
「外に売り出す噂も本当なのかもしれんな。もっと品薄になったらガッツリ稼いでやるか」
出元がしっかりしているのか歓楽街の店に卸すのは無理な状況。食い込もうとすれば排除される。稼いで自前の売り場を確保するのが得策か。今は地道に路地で商う。
「あっちにするか」
街娼の多いあたりを目指す。
外国人向けの高級歓楽街はだいたい女性型男性型問わずセクサロボが占めている。しかし、労働者層向けの歓楽街では生身の人間が相手する店も少なくない。嗜好的に利用されることも多くコールガールも立っている。
「あいつらなら固定客取るのに形振り構わないから売り放題だ」
迷っていた足を再び速めたときだった。右の太ももが焼けるような痛みを伝えてくる。堪らず両手で押さえ肩から転げた。
「いっ! な……に?」
ズボンに黒焦げの穴が空き、血がじんわりと染み出てくる。すぐに撃たれたとわかった。こんな稼業だ。一度や二度は経験がある。
「どこから?」
すぐさま周囲を見回すが気配さえ感じられない。危険を察して無理に身を起こし、建物の壁に肩を押し当てながら右足を引きずりつつ逃げる。
「レーザーガン。こんな狭い場所で姿も見せずにどうやって」
熱さばかりが尾を引く銃痕はそれ以外にない。指向性の高い武器だからこそ路地のような狭い場所では使いにくい。かなり接近しなければ直線スペースを稼げない。それなのに狙撃者は彼から見えない位置にいる。
「待ち伏せされた?」
だとすれば、さっきの位置でなければ狙撃は無理だ。できるだけ早く移動すれば逃げおおせるはず。男は必死で壁に手を突く。ところが、二度目の熱さが今度は左足を襲った。
「ひぎっ!」
耐えきれず倒れる。正確に骨まで焼いていて、もう立ち上がることもできない。死にたくない一心で両腕で這った。言うことを聞かない両足を引きずる。
「置いていきなさい」
小さく聞こえてきた。
「てめっ、どこの……!」
上半身を起こすと次は右肩を撃ち抜かれる。そこまでしたのに相手の姿が一向に見えない。わずかに若い男であろう声が響いてきただけ。荒い呼吸でうつ伏せに夜空を見上げる。
「二度は言いません」
「うぐ……、わかったよ!」
取引を邪魔だと思う誰かがいるのだけ理解する。ジャケットの内ポケットに入ったハイプの錠剤入りの袋を地面にぶちまける。あとは必死で痛いのを我慢し、肘のみで後ずさって角を曲がる。それからは狙撃は来なかった。
(なんなんだよ。俺は亡霊にでも撃たれたのか?)
肩と下半身を血塗れにして路地から転げ出した男は街娼に悲鳴をあげさせた。
◇ ◇ ◇
「ルオ、昨日にも増して眠そぉ」
朝からやってきたクーファが開口一番言う。
「僕はいつでも眠そうです。それはデフォなので言わなくていいですよ」
「そぅお? もっと、シャキッとしてたらかっこいいかもしれないのにぃ」
「気の所為です」
金髪の寝癖に指を通して少しはマシにしようとしてくれる。年上アピールをしたいのかもしれないが、ちょこまかとついてくる様子は懐いた子猫のようにしか見えない。感謝を口にしつつ階段を登る彼女をさりげなく助ける。
「今日はルオたちみたいにフィットスキンだよぉ?」
上着のブルゾンを広げて見せる。
「飛んだりしませんよ?」
「なにあるかわからないのぉ」
「可愛いですけどね」
「ルオ、ズルぃ」
恥ずかしそうにする。
ピンク色のブルゾンの下はレモンイエローをベースにオレンジの差し色が施されたフィットスキン。耐衝撃耐被爆防刃構造を持つ宇宙服である。上下一体式になっていて、前のオートスライダーを首まで上げれば気密性を保持できる。あとはユニバーサルコネクトのヘルメットとグローブをはめれば真空でも活動可能。
「支給品ですか」
「うん」
胸元に『RAGIT』のロゴが入っている。胸には性別問わず衝撃吸収パットがあるので女性は特にバストが強調される。そこだけ立派な成人女性のものなので照れ隠しに褒めたのだ。
「どこが好きぃ?」
「合わせたショーツパンツがいいですね。色使いも僕ではとても真似できません」
「ルオ、お尻好きだぁ。エッチぃ」
言葉のわりに満面の笑顔の猫耳娘に頭を掻いて肩をすくめた。
次回『真相に触れ(3)』 「そういう問題じゃないです」