朝まだき(4)
サリー・ニックルは公務官学校の三年次に上がっている。進路希望は管理局アテンダントにしてあるし、教官たちも太鼓判を押してくれた。それでも、クラス内で進路が話題の中心になるのは否めない。
「カレンはどんな感じ?」
クラスメート同士で囁きあう。
「感触悪くない。でも、地方都市配属になるかもって」
「いいじゃない。私なんて事務方で経験積んでからって言われちゃったわ」
「そのほうがいいかもよ。いきなりブースに立つとかプレッシャー。どれだけ知識詰め込まなきゃいけないんだか」
「確かにねー」
女子たちの間ではどうしても管理局アテンダントが花形になる。それ以外の職務も必要不可欠だし、むしろ多数派であるが学生の目には地味に映ってしまう。
「サリーがうらやましー」
話題の的にされるのも慣れっこになりつつある。
「だって、もう管理局籍持ってるんだもん。首都優先配属されるし」
「まだ決定じゃないから」
「いいのいいの。この中じゃ一番頑張ってるし、一番優秀なのみんなわかってる」
友人たちの中では妬みの対象にはなっていない。
「でもね、ちょっとおかしな噂もあるの」
「なになに?」
「友達に聞いたんだけど、なんか司法部からスカウト来てる娘がいるんだって」
噂話には事欠かない。この話も眉唾ものだとサリーは思って聞いていた。
「司法部? すごくない?」
「でしょ?」
司法官となると公務官とは別の試験にもパスしないといけない。なので、仮にスカウトが来るとすれば司法科の生徒であるのが普通だ。それが公務科に来ているというから噂話になっている。
「それがね、ファイヤーバード直々のご指名だっていうのよ」
「えー、司法巡察官の? それも実質トップの?」
本当に眉唾以外のなにものでもなくなった。
「なんでも、当面は事務方でいいから、とにかく欲しいっておっしゃってるらしくて」
「それほどの人材?」
「実は、サリーのことらしくって」
仰天する。ここで名前が出されるとは思わなかった。なにしろ、彼女は一年次のときからアテンダントひと筋だって教官にも言ってある。
「どういうことなの、サリー?」
明らかに興味本位で訊かれている。
「どういうことって言われたって身に覚えなんて……、あ!」
「え、なになに?」
「う、ううん。まさかね」
記憶に引っ掛かる会話がある。それは久しぶりに帰ってきた兄と交わしたものだった。
「サリー、もしかしたら妙なお誘いがあるかもしれません」
「妙なお誘いって?」
なんのことだかわからない。
「杞憂であればいいんですが微妙なとこなんです。実際に話が来てみればすぐにわかりますから」
「変なの」
「いいですか? 仮に来たとしても絶対に断るんですよ? せっかくの夢なのに、おかしなことに巻き込まれたくはないんじゃないです?」
無論である。しかし、友人たちの間ではさらにうらやましがられること請け合いだ。なにせ、公務官と司法官ではギャランティが格違いである。
「ねえねえ、サリーなら司法官でもよくない? アテンダントの枠、譲って」
もちろん冗談交じりである。
「嫌。わたしはアテンダントになるの。兄さんとも約束したし」
「お兄さん? あの『ライジングサン』のルオー・ニックルでしょ?」
「わかった。司法官の話ってそっち絡みなんだ。界隈じゃ有名だもん。いつの間にファイヤーバードとお知り合いに?」
「こっちが訊きたいから」
(兄さんったら、いったいなにしてくれてんのよー!)
心のなかで悲鳴をあげた。
「あー、お兄さん、報道配信にも乗ってるし」
彼女は「へ?」と呆けた声が出てしまう。
「これこれ。ガンゴスリの、あのロワウス家のご令嬢司令官。今はゼオルダイゼ同盟と揉めてるでしょ? それ関係の」
「へぇ、遠征艦隊の軍事コンサルタント? お兄さん、すごすぎじゃない?」
「あああ……」
従軍依頼を請けるとは聞いたが詳細はまだだった。
(兄さんったら、いったいなにしてんのよー!)
サリーは頭を抱えて悶絶した。
◇ ◇ ◇
クーファ・ロンロンはここしばらく悶々とした気持ちを抱えていた。原因は些細なことといえばそうだ。今までも何度も経験してきたはずなのに、今回だけは胸の痛みが去ってくれない。
(そんなに珍しいことじゃなかったのにぃ)
思い出すだけで耳の先が細かく震える。
(なんでこんなに頭から離れてくれないのぉ?)
ホーコラ領宙の迎撃戦。全体では一時間余りの会戦だった。その中の、最後の一瞬だけが彼女の心に刺さりつづけている。
「お嬢様、こちらでしたか」
彼女は旗艦ゲムデクスのメディカルルームにいた。
「さすがですな。調合に関するお嬢様の直感は一族でも真似できる者は少ないでしょうて」
「そんなでもなくてぇ」
「いえいえ、知識で勝る者ならば数あれど、本能的に最適解にたどり着ける者は貴重です。お世辞でもなんでもございませんぞ」
以前から何度か言われてきたことだ。
「なんとなく浮かぶのぉ。でも、今回のは難しくなくなぃ?」
「ああ、既存の調合でもなんとかなったでしょうが、お嬢様の調合ほど覿面に効果があるものはなかなか」
「効いたんならよかったぁ」
なにせ二日酔いの薬である。祝勝会にザロ総理が持ち込んだのはホーコラで生産・ストックされていたトップクラスのいい酒で、皆が痛飲した挙げ句に艦内の半分近くがダウンするザマだったのだ。
気掛かりがあってあまり飲んでいなかったクーファの出番だった。
次回『朝まだき(5)』 「忘れてますよ。とりあえず、これでもいいです?」




