暁差すとき(5)
無意識に手が動いていた。しかし、受け止められる間合いではなかった。ところが、スナイプフランカーが発したビームがブレードを弾き飛ばしている。
(あれ? 僕、今なにをした?)
ルオーは自分でもわからない結果に首をかしげた。
◇ ◇ ◇
(こいつ、今なにをした?)
偶然にもビクトル・サンセスカは対する敵と同じ感想を抱いていた。
モスグリーンのアームドスキンは話に聞いていたライジングサンのスナイパーである。艦隊に大ダメージを与えたのもその機体のはずだ。
ゆえに、如何に劣勢でもただでは帰れない。相打ちにしてくれるとばかりに、最も危険とされる敵を叩きに来た。なのに、『一閃』とも称される彼の斬撃をビームで弾き退けてしまったのである。
(どこに来るかわかっていなければ躱すのもままならない一撃だったはずだぞ? それをランチャーで受けてみせるだと?)
構造的にリフレクタは使いにくいアームドスキンである。接近すれば墜とせると思っていたら見事に跳ね返された。しかも、ブレードを狙ってである。驚愕に身を震わせる。
「それほどの敵ならば!」
「いえ、ちょ……!」
固定武装から手を放す。そう見えたが、その手にはハンドガンサイズのビームガンが握られている。
「小細工を!」
「しますよ。死にたくないです。味方に置いていかれますよ?」
「く……」
撤退信号は届いている。せめてとライジングサンを狙ったのだが、もうタイムオーバーのようだ。
「次は仕留める」
「あまり会いたくないです。でも、無理なんでしょう?」
「覚悟しておけ」
ビクトルは捨て台詞を残して反転した。
◇ ◇ ◇
ホーコラ宙域会戦から二日が経っている。ゼオルダイゼ、アデ・トブラの同盟軍は時空界面突入して去っていき、戦場処理で偶然に助かった敵味方を収容。敵は捕虜として身柄を預かった。
(あれが本当の合戦か)
エスメリアは思い出しただけでも手が震える。純粋な恐怖ではない。様々な感情の入り混じった、独特の感覚が忘れられない。
ゼオルダイゼ首都ランワサからの撤退戦とは質が違う。まさに命のぶつけ合いといった感じの戦闘であった。
(現代戦とはこうなのだな。国民は結果に一喜一憂できる場所で安穏と暮らし、兵士は彼らの豊かさと財産を守るべく命懸けで挑む)
その代わりに国民が働いて稼いだ税金から多額のギャランティを得て、名誉と讃えられる。その裏では、生々しい命のやり取りが繰り広げられるのだ。
「もう回復した、メリア?」
「ああ、ミア。もう大丈夫だ」
戻ってからの記憶が曖昧である。どうにか汗だけ流してベッドに飛び込んだところまでしか憶えていない。起きたら日付が変わっていて、耐えられないほどの空腹が襲ってきた。
「ところで、なにごとだ」
艦橋に呼び出されている。
「ボードル国軍長官より辞令です」
「お父上からか?」
「すぐに繋がるみたい」
しばらくして投影パネルにロワウスの当主ボードルが映り込んだ。ガンゴスリの軍事の頂点にいる人物に敬礼を送り答礼を受ける。
「エスメリア・カーデル操機長」
軍学校卒業時に授かった階級である。
「貴官の働きを評し、操機隊長補とする」
「ありがとうございます!」
昇格の辞令だった。撤退戦を含めれば二戦を生き抜いてきたが、こんなに早く昇格を成せるとは思いがけない嬉しい報せである。
「併せて、戦闘艦ゲムデクス、第三戦闘隊長に任じる」
「はい?」
「編隊二個を率いて今後もよく働いてほしい」
戦闘艦では通常、二人の戦闘隊長が置かれる。大型艦ゲムデクスでも二人とされていたのだが三隊目を編成し、彼女を指揮官とする辞令だった。
「ですが……」
「貴官の働きにより当艦の戦闘部隊は大きな損耗もなく勝利を得たと判定された。その結果である」
「おめでとうございます」
声に振り返るとライジングサンメンバーが手を叩いて祝ってくれている。
「しかし、あれは貴殿が……」
「あなたでなければ現場のパイロットは従いませんでした。僕にはできないことをしたんですから評価されるのは当然じゃないです?」
「戦闘隊長二名からの推薦もあった。実力に見合った任官だと思ってくれていい」
喜びが遅れてやってくる。
「私は……、やれたんだな、ミア?」
「ですよ、メリア。わたしの直下で動くのは思うところがあるでしょうが、頑張っていただけますか?」
「そんなことはないぞ! こんなに嬉しいのはいつぶりだろうか」
思わずミアンドラを抱きしめてしまう。改めて、その身体の小ささを感じる。彼女が背負っているものの大きさを思えば、自分が授かった任務などものの数ではない。
(働いて返そう。こんな充実感を得られる職務などそうはない)
エスメリアは感動で視界を滲ませていた。
◇ ◇ ◇
ティムニはクアン・ザのガンカメラ映像を検証していた。
ホーコラ会戦終盤に差し掛かり、白銀のスルクトリが迫ってくる部分に至る。ルオーはビクトルが至近距離で一撃を放つ前からスナイプフランカーを斬線に向けはじめている。わずか0.1秒程度速いだけだが、あり得ない反応だった。
(ルオーはまだ進化するー。『狙撃者』のスキルはどこまで伸びるのかなー?)
ピンク髪のゼムナの遺志は自ら選んだ協定者の成長が楽しみでならなかった。
次はエピソード『縁なき衆生は度し難し』『朝まだき(1)』 「フルスキルトリガーの動向ですか?」