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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
朱に交われば赤くなる
341/346

暁差すとき(3)

 ムザたちが追っていた迂回分隊が戦闘に突入する。左回りに本隊のほう戻ろうとしていた部隊が進行方向に対してだ。それはつまり、友軍の右翼の後背を突いたということ。しかも、敵本隊とすでに交戦中だった友軍は、いきなり背後から急襲を受けて一気に乱戦に持ち込まれていた。


「こうも乱れていては狙撃など不可能だ」

 敵味方が激しく交錯している。

「ですが、隊長。あそこにはツワラドとイルメアがいるんですよ? こんな状態じゃスナイパーなんて機能しない。救援しないと」

「機能せんのは自分も同じこと。あれに突入して救出できるか? できまい? これは我らムザ隊を封じ込む罠にもなっているのだ」

「そこまで計算して左回りのまま戻ったというんですか」


 ライジングサンがそれをやったとは思えない。ガンゴスリの司令官の命令だろう。だとすれば、あの年端もいかない少女を表に立たせた老獪な参謀がやらせたということ。


(こんな泥沼の戦闘の結果をいたいけな少女の肩に乗せる気か。正気とは思えんぞ)

 ムザの感慨はただの誤解でしかないのだが、そう思い込んでいた。


「我らが直接突入するのは無理だ」

 断言してもいい。

「だが、白兵戦のできる味方を前に立てて前進することはできる。二人の位置を把握して、局所的に進入して救出する。それでいいな?」

「わかりました。かなり、ぎりぎりのことをしなくてはなりませんけど」

「やってみせるしかあるまい」


(行き掛けの駄賃にその生命もらい受けるぞ、ルオー。この状況でも貴様は動けるのか?)


 ムザは恨みをただ一人に向けてグリップを握る手に力を込めた。


   ◇      ◇      ◇


 エスメリア・カーデルがアームドスキン『ルイーゾン』を駆って正面に見据えた敵はすでに本隊の突撃を受けている。背中はほぼがら空きの状態だった。


(ルオーが言ったとおりの状態だ。多数の追撃を受けて離脱するより、この敵部隊を捻り潰して抜けたほうが安全に本隊と合流できる)


 一見、危険地帯への突入に思えるが実はその逆である。容易に崩せる敵と混戦状態になっていれば、友軍を撃てない敵は同じく混戦に巻き込まれるしかなくなる。結局は混乱を助長するだけ。


(そこで勝利を求めず、一気に抜けることを一義に考えて動けば味方の損耗を小さくできる。ルオーは私に指揮官としてそれをやれと言ってきた。自分は最も厳しい殿(しんがり)を担うから)


 その覚悟に応えなくてはならない。彼女はこの局面でパイロットの一人ではなく指揮官であらねばならない。一兵として下積み期間でしかないのに、これほど燃えるシチュエーションはなかなかない。エスメリアの本旨である。


「深追いするな。撃破にこだわるな。まずは戻ることを考えよ。皆の家族が無事帰還の報を待っているぞ。輝かしい勝利を手にした貴官らの声をな」


 先頭に立って鼓舞する。その瞬間は自らの栄誉など考えてもいない。ただ、自軍のパイロットを一人でも多く無傷で帰すことだけを祈って戦っている。


「我らにはカーデルの勝利の女神が付いている。彼女に従え」

「観兵試合で度重なる勝利を手にしてきたエスメリア嬢についていくぞ」


 各編隊のリーダーがそこまで言ってくれるとは思ってもいなかった。感動に打ち震えるが、今はそれどころではない。敵を押し退けてでも前に進むのに集中する。


「この先に本隊がいる。怖くとも怖れるな。ビームは控えてブレードで斬り開け。貴官の渾身の一振りに活路が見えるぞ」


 無闇に撃てない状況こそ怖ろしい。もし、流れ弾が僚機を傷付けたらと思うとトリガーボタンに添えた指が凍りつく。しかし、ブレードならばそんな苦しみから解放してくれるのだ。アームドスキンでしかできない芸当である。


(だってのに、この中で撃ってくるだと?)

 味方の足を留めようとするビームがある。


 有名なアデ・トブラのスナイパー隊であろう。加減している感じだが、それでも混戦模様で撃ってくるなど味方をないがしろにしているとしか思えない。


「邪魔するな! 戻ろうとしているだけなのがどうしてわからない!」

「小綺麗な理屈で飾ろうとするなよ。所詮は殺し合いにすぎないだろうが」

「殺した数を誇るか? それは兵士の振る舞いではない」

「とんだ甘ちゃんが混じってるみてえだな。が、そいつが先導してるのならやらせてもらうぜ?」


 リフレクタを叩くスナイピングビームは通常より反動が大きい。どうしても僚機の速度を鈍らせている。こんなとこで立ち止まったら敵に押し包まれること請け合いだ。排除しなくてはいけない危険だと感じた。


「ここで墜としておかねばならん敵か。ならば、私も覚悟を決めよう」

「やれるもんならやってみろよ」


 安い挑発だが引けないところでもある。見定めた彼女はブレードを腰溜めに構えてルイーゾンを突進させた。ところが、ターゲットとしていた機体がするりと横に動いたかと思うと、後ろにもスナイパー機がいる。両方に狙われると躱しきれる自信はない。


(腕の一本、脚の一本くれてやる! 止められれば友軍機は抜けられる!)


 しかし、スナイパーの斉射は容赦なくエスメリアのアームドスキンを貫こうとしていた。

次回『暁差すとき(4)』 「生きて帰れたのに、のこのこと戦場に戻ってくるからです」

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― 新着の感想 ―
更新有り難うございます。 ルオーに拘るなぁ。
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