君が待ちしは(1)
「大統領閣下、本当に本国の防衛から外したビクトルを遠征に向かわせてよかったのですか?」
補佐官が訊いてくる。
「くどい。相手はあのガンゴスリだ。しかも、ライジングサンが付いている。お前も中継を観たろうが」
「契約締結中継配信でしたら観ました。待ち構えているのはパルミットの雄ガンゴスリなのも承知しております。ですが、たかが零細民間軍事会社をそんなにお気に掛けられるとは」
「奴め、ことごとくゼオルダイゼの覇道の妨げとして立ちはだかってきた。今度こそ確実に屠ってやらねば儂の気が済まん」
ゼオルダイゼ大統領ルビアーノ・デルウォークは静かに怒りを燃やしていた。式典の列に印象的な旭日のエンブレムをあしらった青年たちの姿を見たときは思わず拳を固めてしまう。再三にわたり、オイナッセン宙区の事実上制覇を妨害してきた顔を忘れるはずもない。
「ここでホーコラにあまり強圧的姿勢を見せすぎてしまうと、今後のオイナッセンでの施政に悪い影響を及ぼすかもしれません」
意に反すると徹底的に攻撃すると思われれば、世論に警戒感を強めてしまうと言いたいのだろう。
「裏切りには報復を。世の習いだ」
「度を越せば反発しか起きません。各国政府はともかく、世論形勢には配慮なさいませんと御身さえ危うくなってしまうかと」
「放っておけ。この緩んだ銀河は強い指導者を求めているのだ」
星間管理局の規律は甘いと思っている。だから、加盟国がそれぞれ好き勝手な方向を向いて険悪になったり衝突したりする。頂に立つ者が強くなければ治世は乱れるだけだ。
「もっと統一性がなくてはならん。その道筋が儂には見えている。あの宙区を手に入れてしまえば成したも同然なのだ」
「そうでしょうか」
ルビアーノの見据える先はホーコラ程度では収まらないのだ。
◇ ◇ ◇
カテゴリⅣの時空間復帰反応があったことは誰も驚かない。その規模の艦隊が攻めてくるであろうことは予想の範疇である。問題はその内容だった。
『レーザー通信到達しました。夾雑物で劣化がひどいので解析掛けます』
艦載システムが告げてくる。
「やって」
『解析結果の映像です』
ルオーたちも時空震の観測後に、接続しているゲムデクスの艦橋にすぐ駆けつけていた。警備艇が送ってきた結果の画像をミアンドラと見守る。
「システム、ロゴの精密解析」
艦名部分をタップする。
『解析完了。戦闘艦「レイハンサー」。ゼオルダイゼ第一艦隊旗艦です』
「主力が来たのね」
ホーコラの警備艇はターナ霧を使用した隠密状態で監視を続けている。時空界面動揺が収まるまでは超光速通信も適わず、正確な情報はこの程度となる。あと三十分くらいすれば通信も回復して、こちらから指示も出せるだろう。
「強いんです?」
ルオーは事情通ではない。
「わたしもそこまでは。ヘレン副司令はご存知?」
「ゼオルダイゼ第一艦隊ね。おそらく旗艦のレイハンサーにはトップエースのビクトル・サンセスカが乗っているはず。本気も本気というところ」
「そうなのですね。ありがとう」
通信画面にお礼を告げる。
「艦数は十六。うち、ゼオルダイゼ八、アデ・トブラ八。同盟艦隊を形成していたアデ・トブラ軍がそのままこちらに来たみたい。ゼオルダイゼ軍は入れ替えあったようよ」
「アデ・トブラ艦隊もゼオルダイゼで補給、修理は受けているでしょう。全力で来るものと考えたほうがよさそう」
「間違いないわ。じゃあ、本国には予定どおりの反撃宣告をしていただくわね」
ガンゴスリと宣戦しているのはゼオルダイゼのみ。対して相手は安全保障同盟で攻めてきたので、本国はやむを得ず反撃するとアデ・トブラ、ウェンディロフ両国に宣告する。これで表面上、ガンゴスリは被害国の立場を守れ国際世論で優位に立てる。
「ルオーはどう思う?」
「僕です?」
勝てるか否かだろう。
「そうですね。二十隻くらいまでは想定していたので悪い結果にはならないと思います。ただ、ゼオルダイゼ主力の実力は直接戦ったことがないのでなんとも」
「わたしも過去の実績しか見てない。現在のとなると、国際演習成績でしか見えてこないの。それも内々で調査したものだから信憑性には少し疑問符?」
「デヴォーさんならもう少し詳しいかもしれませんけど五十歩百歩でしょうか。潜ってもらったほうが早いですね。ティムニ?」
電子戦最強戦力に頼る。
『はいはーい。ビクトル・サンセスカの演習成績のほうー?』
「そっちが相応しいでしょうね」
『表示するー』
国際演習成績であれば国威発揚と顕示のために公表される場合が多いが、データの中身に関して正確かといえば微妙なラインだ。両国の発表したものに食い違いが認められるのなど当たり前となる。
『ウェンディロフとの演習で二十機以上撃破ってオープンデータがあるけど、実際には二十五機になってるー』
アバターで指さしながら説明している。
「データ的にわりとまともですか」
「戦闘艦一隻近くよ?」
「そうなりますね」
彼としてはそれほど突出した数字と感じなかったがミアンドラは瞠目している。
『あと非公式のデータに、国内犯罪組織の拠点攻撃時に一機で三十八機っていうのも残ってるー』
「人間業じゃないと思う」
「アームドスキン性能差を加味すると不可能な数字じゃないですね」
「あなたの感性、おかしくなってない?」
少女の苦言にルオーは心外だと視線で返した。
次回『君が待ちしは(2)』 「消耗せずに勝つ方法があるみたいに聞こえるけど?」