宇宙曇らせ(3)
デヴォー・ナチカは叩き起こされる。一気に意識が覚醒するとベッドサイドのコンソールがアラートを泣きわめいていた。
「なにごと?」
「我が艦以外の所属艦が勝手に移動を開始、一分前に時空界面突入してしまいました」
「どうして?」
「わかりません。リンクからの注意喚起で移動開始を把握し、意図を問い質しましたが回答がありませんでした」
アンダーウェアのみだったので急いでフィットスキンに袖を通しつつ返答を吟味する。しかし、いくら考えてもなにが起こっているのかはわからない。
「今現在、通信は?」
「当該艦との通信は途絶。時空間復帰による時空界面動揺が収まっていない模様です」
「跳び先のポイントはリンクでわかるでしょう?」
「確認しました。哨戒艇と同期されております」
背筋が跳ねた。つまり、友軍艦艇が超光速航法した先には同盟艦隊がいる。彼女の指示なく追撃に行ったものと思われる。
「なんでよ。哨戒艇の位置は基本、各艦長かわたくし以外知らないはず。艦長が離反したの?」
「哨戒艇と通信繋がりました。戦闘艦ルワントルカ以下七隻の時空間復帰を確認。位置のリンクに関しては、エルドッホリ艦長より報告要請があったとのことです」
「艦長のスリープタイムが狙われたの? それだけじゃ説明できないけど」
デヴォーを含め、艦長にはスリープタイムがある。それは星間銀河標準時に設定された夜である。ただし、八隻中二隻の艦長が持ち回りで当直することになっていた。
(少なくとも当直艦の艦長は司令官の私に離反した形。もしくは強要された形だと思うべき)
冷や汗が出る。
(当直している副長や艦長を翻意させる、あるいは言うことを聞かせるだけの人数が動いているのは確実。どれだけの人数がこの反乱に加担してるの?)
今は有事だ。それどころではないはずなのに兵士たちは明らかに離反した。それだけの不満が蔓延していたものと予想される。
(ガンゴスリの加入に意識を割きすぎた? 足元が見えなくなってる?)
なぜ把握できなかったか悔やまれる。
「通信回復までシステムに呼び掛けを継続させなさい。すぐに上がるから」
「お待ちしております」
部屋を飛び出し中央通路を早足で抜けつつ指示する。
(浮かれてたとは思いたくない。ルオーたちが来てくれたから、いつの間にか楽観視してたのかも。あの眠そうなばかりの青年に頼ってしまってる)
艦橋のスライドドアを駆け抜け司令官ブースに飛び込む。ブリッジ要員の不安げな視線が彼女に集中した。
「システム、報告」
『通信状態は可能レベルまで回復、相互リンクも回復しました。ポイントは全艦同じで哨戒艇と合流しております。ただし、応答は未だありません』
気になる点が一つ。
「哨戒艇からも?」
『ございません』
「掌握された? 早い」
同時に戦況マップにも視線を走らせている。乗艦しているクーデベルネ以外はメーザード艦隊の四隻しかいない。
「当然傭兵艦隊も一緒なのよね?」
「はい、同時に加速して時空界面突入していきました」
当直していたクーデベルネの副長が報告してくる。
「追撃行動に出たものと思われます。どうなさいますか?」
「……見捨てられないじゃない。責任を問うにも生き延びてからよ。二十隻相手に十一隻でどうやって戦うっての」
「では、メーザード艦隊と連携して加速を開始します」
他に選択肢はない。一隻当たり二百人の将兵、五百億トレドを超える税金が投入されている。ルールを無視したからといって無駄にしていいものではない。
(艦隊リンクはわたくし以外には外せないようになってる。それがなかったら行き先さえ確認できなかった)
手に負えない状態になっていたと思うと怖ろしい。
(傭兵艦隊とは連動しているところをみるとバロムに唆された? 彼は追撃を強く推してきてる。考えやすい方向性だけれども)
おそらくは違う。それほど軍規は甘くない。艦長クラスは違反したときの怖ろしさを身に沁みて理解している。逸脱して、多数の部下の生死にも関わる事態を起こした場合、軍事裁判だけでなく通常の裁判によって過失を問われ刑罰に処せられる可能性さえある。最悪は極刑だ。
(そこまでのリスクを犯す価値はない。だったら、怖さを知らない若い兵士が先導して離反に及んだ可能性が高いわ)
推測の域を出ないが。
(血気盛んなのは致し方ないにしても無謀すぎる。なにが離反者を駆り立てたの? 勝利?)
勝ちすぎたのかもしれない。自分たちは強いと勘違いしてしまったとすれば危険極まりない。無謀な特攻を試みて全滅する怖れさえある。そんな事態にクーデベルネの乗員全てを巻き込んでいいものか? 少なくともメーザード艦隊は残していくべきなのかもしれないと悩む。
(でも、この戦力がないと助け出せるものも無理になる。自分で動かせないと話にならない)
葛藤を表情に出さないのが限界だ。
(幸い、ルオーがメーザード艦隊の全権をわたくしに委任してくれたから制御できる。それじゃなかったら無理を言えなかった。最悪の事態を回避する術を失ってた)
いつの間にか危うい立場に置かれていた自分にデヴォーは戦慄した。
次回『宇宙曇らせ(4)』 「こいつらが弱いんじゃなくて俺たちが強すぎるんだよ」