宇宙曇らせ(2)
「俺たち、勝ったじゃん?」
「おう、本星背負って際どい状況だったけどな」
モンテゾルネ艦隊の戦闘艦ルワントルカの艦内、一部の若いパイロットたちが私室に集まって話している。浮かれている者もいれば不満げにしている者もいた。
「だってのに、なんでこんな放置されてるんだ? ここは一気呵成に攻め立てるとこじゃねえの?」
「休めって言われてるだろう? お前だってさっきまでいびき掻いて寝てたし。祝杯だって散々騒いだ挙げ句にさ」
勝利の余韻に酔ったパイロットは疲れを感じられず、上がったテンションを持て余して騒いでいた。そのあとは酒の力を借りて倒れるように眠ったのである。目覚めて我に返る。
「勝ったんだぜ? あのオイナッセンじゃ怖いものなしって言われてるゼオルダイゼ同盟の艦隊相手にだ。俺たち、強いんじゃね?」
「まあな、ZACOF立ち上がってから大敗はしてないな。それもこれも、我らが特攻隊長バロム・ラクファカルのお陰だ。簡単に突き崩してくれる」
話しているうちにまたアドレナリンが体内を駆け巡ってくる。首をもたげてくる興奮のやり場に困る有り様だ。全身に覇気がみなぎっている。それなのに出撃の気配はない。
「アデ・トブラとの戦争のときだって最初の頃はやられっ放しだったけど途中から押し返したろ? 同盟の一角にだって結局一方的に勝って邦人を取り返して終わったじゃん」
「あのときもな。例のライジングサンが来てくれてからはずいぶんと楽になった。ムザ隊を封じ込めてくれたからさ」
まだ、記憶に新しい。一度は人権事案として警告を受けたアデ・トブラ。しかし、同盟内の救済措置で経済は大きく傾くことなく報復に牙を剥いてきた。今度は同盟軍の一角として。
「今は英雄バロムがいる。あのときと同じ状況だと思わない?」
「似てるな。これから勝利への一本道だ」
「オイナッセン宙区最強はいずれ我が国ってことになりそうだぜ」
凱旋すれば持て囃されるだろう。想像しただけで身震いする。勝利に腕を掲げる自分の姿がローカルネットに流される。インタビューされ自らの活躍を語る。街行けば讃えられ、握手を求められる。栄光の日々は夢ではない。
「なんで消極的なんだ、我軍の司令官殿は?」
「連戦で疲れてらっしゃるんだろ」
「でもな、今攻めないでどうする?」
不満はくすぶる。すぐにでも栄光へと向かって駆け出したい。なのに、艦隊は動く気配もなく、活躍の場は与えられない。戦争が終われば、また時折りの演習のルーチンに逆戻り。評価のタイミングは減り、ギャランティも上がりにくくなってしまう。
「こんな話もあるんだよな」
「なんだ?」
「デヴォー司令官があの若さで高い地位にいるのはどうしてだと思う?」
デヴォー・ナチカの年齢は四十三歳で公表されている。現在の階級は軍団長。現場指揮官では最高位に位置する。軍団長補だった彼女はアデ・トブラ戦で評価を受け、四十代前半の若さで上り詰めていた。
「艦隊の戦果をさも自分の手柄のように国軍上層部に報告してるって噂がある」
一人が声をひそめて言う。
「まさか。そんなの誤魔化し利かないぞ。戦闘中も全部ガンカメラで記録されてるんだから公平に評価されるはずだ」
「その状況を作ってるのは自分だって言えばどうなる?」
「それは……、まあ。できなくもないか」
まことしやかに流れている噂の一つにすぎない。しかし、今の彼らには納得しやすい噂だ。
「今、押せ押せの状態だろ? それも英雄バロムの敵戦列撹乱のお陰でだ」
「攻めやすくなるもんな」
「それがデヴォー司令にとっては不都合なんじゃないか? ああも露骨だと、自分の手柄だって言えないじゃん」
戦闘配置やその後の変化なども全て記録されている。勢いで押し崩しているのは一目瞭然。戦術による部分は小さいように思えた。
「敵が弱いままだと困るんじゃないかって話。もっと戦果を挙げて国軍幹部を狙ってるんだとしたら?」
「命懸けで戦ってる俺たちの頑張りを吸い上げるために、敵軍が態勢を立て直す時間を与えてるってのか? 大問題だぞ?」
「で、あの人が今回の戦争でまた評価を挙げて軍帥クラスに上がったらもう前線に出ることはない。高いギャラもらいながら本星でふんぞり返って、ああだこうだと命令するだけの立場になる。それってどうなんだ?」
くすぶっている不満が現実になるだろう。彼ら若いパイロットは活躍の場を失い、片手間に演習計画を練っているだけの人間が将来の安泰を得る。フラストレーションは溜まるばかりだ。
「それに俺、見たんだ」
「なんだ?」
一人が言い出す。
「旗艦のクーデベルネにイエローグリーンの戦闘艇が接続してた。あれってライジングサンだろ?」
「本当か?」
「デヴォー司令は今以上の戦果が欲しくて、またライジングサンを呼び寄せたんじゃないか?」
そうとしか思えなくなる。
「だったら、もう敵なしじゃないか」
「おう、今攻めないでいつ攻めるって話じゃん」
「だよな。楽に勝てる状態なのに遊んでる暇なんてない。それこそ利敵行為じゃないか」
必死に努力している彼らを差し置いて、自らの昇進に邁進している上官の像に思えてきた。許せない思いが胸にわだかまる。
「なあ、俺、エルドッホリの管制官、友達なんだけど」
「そうか。俺はゴウザンカルナの通信士リーダーならわりと仲いいぞ」
「これ、もしかしてパイロット仲間に呼び掛けたらネットワーク作れるんじゃね?」
若いパイロットたちは顔を突き合わせた。
次回『宇宙曇らせ(3)』 「当然傭兵艦隊も一緒なのよね?」