レジットの民と(3)
クーファは歴史を知っても、どうして恨みを買っているか実感が湧かない状態で、ティムニの側も事情を察したとしても割り切りが難しい様子。ルオーは仲立ちの必要性を覚える。
「レジット人は主に製薬分野で特筆すべき文化が生まれて、それを足掛かりに少しずつ星間銀河圏に融和する姿勢のようですよ。それでも認められません?」
微妙な面持ちで自己表現するAIに問う。
『努力の跡は認めるー。だって、元はラギータ種に調整したはずの薬をかなり頑張って人類種用に調整し直した痕跡が見られるもん』
「レジット製薬の事業内容を覗いてるんですか。だったら、問題なくないですか?」
『八千年は一つの種族が変節するには十分な時間だけれど、それが表向きなだけじゃないとは言いきれないしー』
クーファたちの変化を「変節」と表現するくらいに信用していない。それに足る事象が過去にあったと推察された。
『せめて、なにがあってこうなったのか事実確認したいところー。でも、本人たちでさえ忘却の彼方となると……』
判断に困るらしい。
「譲りたくとも譲れない感じですか。でしたら、歴史をたどる手段があればいいんですね?」
『記録くらい残ってるはずー。それをあたしに見せるくらいの譲歩が欲しー』
「心当たりはないですか、クゥ?」
猫耳娘に尋ねる。
「古い記録はたぶんデータベースの奥底にあると思うのぉ。でも、クゥにアクセス権限はないかもぉ」
「入口だけ示せばティムニは入れるかもしれません。色々と小細工は得意な人なんで」
『誰が小細工上手ー?』
顔の前に飛んできて蹴るアクションをする。ルオーも痛いフリをしてあげた。なぜかティムニは嬉しそうにしている。
「探してみるぅ。でも、失敗したらごめんなさい」
ハイパーネットに接続しているコンソールスティックを彼女に差し出す。
「チャレンジが評価に繋がります。心配ありませんよ」
「はーい」
(これでティムニにも探れないようだと厳しくなってしまいけどね。やってみないことには話が進まないし)
ところが杞憂に終わる。
『クーファ・ロンロンで顔認証をパスしました。全記録へのアクセスが許されます』
あっさりと関門を通過する。
「通っちゃったぁ」
「それに越したことはないですよ」
『移民船デルデヒム。それがレジットの起点みたい』
最初にその名前が出てくる。戦争の終末時に保険として旅立ちさせた八基の超大型移民船の一つのようだ。しかし、移民船には一基にワンペアの子どもが乗せられただけとある。
『デルデヒムに乗ってたのがニオ・パントルとフェテ・ロンロン。クーファはもしかしてロンロンの直系?』
そう読み取れる。
「かもしれません。アクセス権はそのお陰では?」
「クゥ、知らないのぉ」
「でしょうね。君が一番戸惑ってる」
耳が垂れてしまっている。
『他の記録もー。オギラヒムのピレ・タンタル、こいつがさんざん掻き回してくれちゃったのよー』
「悪評高いですね。そのわりにラギータ種とやらの関わった大きな事件の噂は聞いてませんが」
『隠されてんのー。五年前の彗星事件の真犯人がこいつー』
ルオーも耳にしたことのある単語が出てきた。確かめるようにアバターに目を向けるとこくこくと頷いている。
「あの怪物事件ですか。司法巡察官が動いた一件ですね。真相部分が曖昧なまま決着しましたけど」
ジャスティウイングの神がかった活躍ばかりがクローズアップされてうやむやにされた感がある。
「あれか。一時期めっちゃキャーキャー言われてたな」
「興味なさそうにしてたのに、いきなり元気になりましたね?」
「当たり前だってーの。理想としてる英雄像なんだからさ」
パトリックが身を乗り出す。
「今からジャッジインスペクターを目指しますか? 僕は止めません。頑張ってください」
「できるか。あんなん一握りのエリートが辿れる道だっての。幾ら頭脳明晰なオレでも管理局籍が手に入らなきゃ届かない」
「努力はしてみるもんですよ」
さらりと流すと「そんなに追い出したいのかー!」と吠えている。
(僕の道楽なんかに付き合う必要なんてないから言ってるのに。わかってくれないんですよねぇ)
何度も忠告してきたつもりだ。
「難航してますね。やはり一つのペアから種族を増やすのは無理があります」
苦労の跡が記録されている。
『三世代目には近親交配障害が表れてるー。遺伝子改変技術を施してどうにか克服して繁殖に成功? それでも三百人くらいにしかなってないー』
「どれくらいのサイズの移民船だったかわかりませんけど、食糧問題とか大変だったでしょうしね」
「禍月って地上から見えるくらいだったって聞いたことあるぅ」
本当ならかなり大きい。
「やはり地上に根付かないと人口増加って難しいのかもしれませんね」
「エッチな意味でぇ?」
「誰もそんなことは言ってません」
消沈していたクーファも少し調子を取り戻してくる。彼としては真面目なままでいてほしかったが、気落ちしたままなのも心苦しい。
『それなのに、待望の惑星に降下した途端、百人近くまで減少だって』
「とんでもない災難です」
ルオーは苦労の歴史が連綿と綴られた記録を痛ましく見つめた。
次回『レジットの民と(4)』 「高く売れるぅ?」