暗雲が(2)
ティムニの言動に視線が集まる。注目されたのが嬉しいかのようにポーズを決めた彼女は、待っていた拍手がないと知りしょんぼりする。
「ティムニは本当に物知りです」
触感はないが頭を撫でるジェスチャーをするルオー。
「で、その新しき子というのはどんな能力者なんです?」
『「命の灯見る者」って呼ばれることもあるー。生命感知能力者ぁー』
「生命感知ですか」
聞いてその名の如くだと思われる。
『機械式センサーの赤外線検知とか動体検知とかとは違うー。シンプルに生命そのものを感知する能力なのー。強度が高いと、相手の感情の変化から意識の流れまで見えるって話ぃー』
「それで僕の気持ちの変化に反応したわけですね? でも、その話だとあの場にいた全員の感情に反応してもおかしくないと思いません?」
『よくわかってないー。全部見えるわけではないっていわれてるー。それはキャパオーバーするからー。本人がフォーカスを当ててる相手の感情変化を見てるのかもー』
ティムニでさえ憶測で語っている。おそらく彼女たちにも明確なデータのない能力なのだと思った。
『今、いちばん有名な人だとジャスティウイングがそうー』
重大なことをさらりと言う。
「ジャスティウイングだって? 司法巡察官の?」
『正解ぃー。一応実名は伏せておくけど、彼が過去最強の新しき子だっていわれてるー』
「とんでもない名前が出てきたな」
パトリックは感嘆している。
「確かに記録にあるジャスティウイングの声音の感じって近寄りがたいところがあったな。共通点なのか?」
『そうでもないはずー。でも、見透かされてる気分になるから見られてる側はあんまりいい気分じゃないかもー』
「だよな。心を読まれてるようなもんだ。ゾッとしない」
(それは見る側もそうなんじゃないかな。周囲の人間の感情までも見えてしまうとすごく生きづらいと思ってしまうね)
ルオーは同情さえ覚える。
彼自身も射線が見えるということは敵意を浴びているようなものだ。それが集中するというのは、それだけの数の人間に忌み嫌われ恨まれているのと同義である。精神的に弱い人間だと耐えられないだろう。
『パットは理想なんじゃないのー?』
ティムニが意地悪を言う。
「活躍としてはな。だが、人間的にはあそこまで神格化されたくはないって思ってるぞ」
『愛されるヒーローになりたいんだもんねー』
「オレはモテたいんだよ」
理想とする英雄像の変化を認めるのは彼がそれだけ大人になったということか。
「孤高の英雄なんて愛されてるんじゃないじゃん。女性にとってステータスシンボルになってしまうだろ? 抱かれたって事実が……」
「パット! 思春期の少女の前で言うものじゃありません」
「失礼。どっちにしろ、不毛な関係にしかならないってね」
パトリックが英雄を目指しているのは愛に恵まれていなかったからなのかもしれない。権力者の家に生まれ、家族の愛を自覚できないまま育った彼は、与えられる愛を求めるがあまり注目の的になりたいと思ってしまったか。成長して、その純粋な部分だけを認めて求めるのも変ではない。
(女性を褒め称えるのは、自分を愛してくれっていう気持ちの裏返しなんだよなぁ)
気づいていた事実が裏打ちされたようなものだ。
「まあ、あいつがオレの理想じゃない英雄になるのは勝手だ。嫉妬はしないぞ。単にこの案件でなら便利な存在じゃないかい?」
さっぱりとしている。
『二人いるのは問題ぃー』
「二人って?」
『メーザードに関わりモンテゾルネにも関係して、あたしはルオーが『時代の子』って確信してたー』
また新しい単語が出てくる。
「時代の子ってなんだ?」
『人類の矯正力ぅー。ゼオルダイゼみたいに秩序を乱して大量殺戮を誘起するような因子が発生すると抑制するように現れるのー。人類にとって免疫細胞みたいな存在ぃー。あたしたちが探してサポートするー。より効果的だからー』
「免疫細胞とはわかりやすいな。でも、お前が言うってことはルオーのことか?」
結論としてそうなる。ティムニは明らかに彼を狙い撃ちにしていた。つまり、ティムニは最初からルオーが『時代の子』だと思って接触してきたことになる。
『時代の子はどこかに現れるのー。ティムニたちは半分義務感みたいな感じで探してるー。あたしが見つけたのはルオーだったー。でも、もう一人ネオスがいるとなると話がおかしくなっちゃうー』
ゆらゆらと困惑のダンスを踊っている。
「その論法だとルオーもネオスだってことにならないか?」
「ルオも英雄なのぉ?」
『ルオーは違う能力者ぁー。変則的だけど、あたしたちが戦気眼って呼んでる特殊能力持ちー』
ぴしりと指を突きつけられる。
「戦気眼って?」
『通常は敵意、戦気が見える能力なのー。でも、ルオーのはガンアクションに特化してるー。不思議な分化をしてるみたいー』
敵の攻撃が読める能力だという。回避および反撃を容易にするこの能力は、特に対多数戦でその真価を発揮する。こちらも時代の子として適した能力ゆえにティムニも目星が付けやすかったらしい。
「探しているのは義務感からだけ?」
『そうだよ、ゼフィ。他意はないのー』
(星間管理局が警戒しているのは、ティムニたちが時代の子を集めてなにか画策していないかってことなのかぁ。そうじゃなくても意思統一されると少数でも一大勢力になってしまいそうな存在だしなぁ)
すでに含まれているルオーだが、本人にその意志はなかった。
次回『暗雲が(3)』 「君がそれ言います?」




